暁の剣士――熱き氷の刃

御剣ひかる

1.鍵

 高校からの帰り道、もうすぐ家に着くというところで急に空が暗くなった。

 いや、空だけではない。夕方のはずなのにまるで夜だ。


 つかさは驚いて周りを見た。


 夕焼けに染まっているはずの辺りは真っ暗だ。

 急に夜になったのか? と思ったがまさかそんな超常現象が起こるはずもない。


 どうなってるんだとじっと立ち尽くしている司の前に、超常現象で片付けられないような信じられないものが現れた。

 緑色の肌の醜悪な小人が三人。手にはこん棒や短い剣を持っている。


 実際にゴブリンがいたらこんなのだよな、と司は妙に冷静な頭で考えた。


 命の危険を感じる。逃げないとと思う。

 だが体が動かない。

 汗がどっと噴き出る。


 ゴブリンたちが愉快そうに笑いながら武器を振り上げた。

 ああぁ、とか細い声が喉から漏れるだけだ。


 だが彼らの武器が司を傷つけることはなかった。

 何かが高速で近づいてくる気配と音を感じたと思ったら、化け物たちは悲鳴をあげて倒れた。


 化け物はもう動かない。彼らの躯の向こうにいるのは、身の丈ほどの刀を振り下ろした格好の、女性だった。


「間に合って、よかった」


 彼女は大太刀を背にしまいながらぼそりとつぶやいた。


「蒼の闇に呑まれて意識があるなんてすごいですね」


 彼女の後ろからやってきた男の人が緊張感のかけらもない声で言った。

 シャツとスラックス姿の柔和そうな男性の左手には、小型のクロスボウが握られていた。


 なんなんだ、これは。


 司は二人をじっと見つめて尋ねようとするが、うまく言葉にならなかった。


「助かってよかった。僕は雨宮あまみやりつといいます。よければ今の出来事の説明をしたいからついてきてほしいのですが」


 律と名乗った二十歳くらいの青年はにっこりと笑った。


 どうしよう、逃げるべきか。

 司は黙ったまま考えた。


 ふと気づけば景色は夕暮れのいつもの住宅街に戻り、二人が装備していた武器も消えている。


 まるで夢でも見ていたかのようだ。夢だとするなら悪夢だが。

 あれはいったい何だったのか。

 恐怖心と苛立ちのあとに湧き上がってくる好奇心。


「わかりました。行きます」


 司は二人について行くことにした。




 友達と勉強してくるから帰りは遅くなると家に連絡をして、司は命の恩人の二人ととある会社に来ていた。


 応接室に通され、ソファの向かいに律と女性が隣り合わせに座る。


「それで、あれがなんだったのか、話してくれるんですよね」


 司が尋ねると律はうんとうなずいて自己紹介を始めた。


「まずは僕達のことを少しだけ話しましょう。僕はこの会社、トラストスタッフの社員でもあり、先ほど君が遭遇した事象、『あおの夜』と呼ばれるものに対処する部署に属しています」


 急に夜空になった現象は「蒼の夜」と言うらしい。


「彼女は僕のパートナーで天道てんどうはるか。普段は大学に通っていますが、やはり青の夜の対策部署にも所属しています」


 紹介されて遥はぺこりと頭を下げる。


 遥は、司を助けに来た時と様子が違う。

 あの時は背中の中ほどより少し長い髪を下ろし、凛とした顔つきだったが、今は髪を三つ編みにして眼鏡をかけている。

 言い方は悪いがあか抜けていない大学生そのものだ。


 あのかっこいい姿と今の彼女と、どちらが素なのだろう。


 司の思考をよそに律は説明を続ける。


「蒼の夜は、異世界と地球とをつなぐトンネルのような現象なのです。君も見たあの化け物たちは異世界に住んでいる生物です」


 異世界とつながった場所はなぜか夜のような景色になる。なので蒼の夜と呼ばれているそうだ。その中では人は気絶してしまう。そして、現れた化け物に捕食される。当然犠牲になった者は死んでしまう。跡形も残らずに食われてしまうのだ。


「じゃあ、どうして俺は動けたんですか」

「魔力、精神力ともいうけれど、それが強い人は意識を失わないらしいです。蒼の夜に巻き込まれて意識を保っていられる生還者はとても貴重なのです」


 この話の流れからして律の次の言葉は簡単に予測できた。


「なので、君がもしよければ僕達の協力者になってほしい」


 予想通りだった。


 漫画や小説、アニメなどではおなじみの異世界。

 今日、まさに、その扉の鍵が開かれてしまったのだ。

 まさか現実に降りかかってくるとは思わなかった。

 どうするのがいいのか、正解なのか。

 今ここで答えは出せない。


「少し、考えさせてください」


 司の返事に律は当然だというようにうなずいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る