2.屋上

 昼休み、校舎の屋上でつかさは壁を背に座って空を眺めていた。

 転落防止の背の高い金網ごしの空は、とても澄んでいる。


 ふと、怪物が現れた時の蒼く暗い夜の空がフラッシュバックする。

 空は暗いのに、青い月明かりに照らされたかのような景色だった。

 だから蒼の夜というのだろう。


 司は頭を振って蒼の夜を追い払った。

 購買部でパンを三つ買ったがあまり食欲はなく、一つ食べたところで手は止まっている。


「よー、なんか難しそうな顔してんなー」


 のんびりとした声に司は顔をそちらに向ける。

 クラスメイトで友人とも呼べる南栄一えいいちだ。少し明るいふわふわな髪と柔和な顔、間延びするような話し方で女子からはかわいいと言われるタイプの男子だ。


「なんか悩みか?」


 問われて、司は昨日の律の言葉を思い出す。



『蒼の夜のことは他の人には秘密にしてくださいね。そんな現象が現実に起こるって広まったらパニックになってしまいますので』



 りつに言われたことは理解できる。


 例えば過去に彗星が地球のそばを通過するというニュースが流れた時、地球の空気がなくなってしまうというデマが広がった。どうせ死ぬならと財産を使い果たす人、犯罪に走る人、自殺をしてしまう人、様々な悲しい行動をとった人がたくさんいたそうだ。


「なにもないよ」

「そうかぁ? パンも食べてないみたいだし、具合悪いんじゃないのか?」

「食欲あんまりなくてさ。多分冷えたんだろう」

「体冷えて食欲なくしてるのに、こんなとこで座ってちゃだめだと思うぞぉ」


 確かに、と司は微笑した。

 昨日の出来事は悟られないようにと、司は話題を変えた。


「昨日なんかテレビ見たか?」

「録画してた深夜アニメ見たぞ」

「あー、そういやおとといの夜中だっけな」


 二人ともそこそこアニメは見るしゲームもする。おれらライトなオタクだよなーと栄一は自分達を評している。


 昨日のあれも、作り事ならどれほどよかったか。

 考えて、司は頭を軽く振った。


「どした?」

「いや。……話変わるけどさ、南はもしも異世界転生とか、異世界の生き物がこっちの世界に来るとか、そんな状況になったらどうだ?」

「唐突だなぁ」


 まったく現実味のない話としてとらえて笑っている栄一がうらやましいと司は思う。


「面白そうだけど、やっぱ無理っしょー。今の生活があるからそういうのって考えられるんだよな。実際に異世界行っちゃったり、異世界の生き物がこっちにきて暴れたりしてみ? かなりヤバイだろ。フィクションは、フィクションだから楽しめるんだよ」


 まったくその通りだと司は思った。


「異世界の化け物がもしもこっちきて暴れるなら、おれはめっちゃ逃げるぞ。そういうのは戦える人におまかせー」


 戦える人、か。

 化け物を切り伏せたはるかや彼女のパートナーの律のような人が「戦える人」なのだ。


 自分がそこに加われるのか?

 でももしあの現象が今ここで起こったら栄一は気絶してしまうかもしれない。そうなれば彼を連れて逃げられるのは自分なのだ。


 戦える人に近い位置にいるのは確かだ。


 選ばれた人間だなどとおこがましいことは思わない。

 だが少しなりとも誰かの役に立てるなら、試してみてもいいのかもしれない。


 司は律たちに協力すると決めた。

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