26.対価

 もっと強くなりたい。

 強い力があれば。


 つかさは先の戦いを思い出すと悔しさとともにそう願うようになった。


 りつはるかと一緒に戦うには自分はまだまだ力不足だ。

 何か強い技を会得できれば、と思う。


 翌日の訓練の前に律に相談してみる。


「昨日師匠が使っていたような衝撃波を飛ばしたりとか、そういうのって、どうやって使えるようになるんですか?」


 律はうーんと小首をかしげた。


「強くなりたいと思う心はすごく大事だけどね。氷室くん、焦ってないかな?」

「焦ってるつもりはないんですけど」

「うん。それじゃ、どうして大技を会得したいと思う?」


 そんなことを聞かれるのか、まるで面接の質問みたいだなと思いながら司は答えた。


「なにか決め手があった方が戦いのバリエーションが増えるし、師匠や雨宮さんの足を引っ張らないでいいし」


 すると律はまた、うん、とうなずいた。


「自信が欲しいんだね」


 そうじゃないんだ、と思った。自信を付けたいのではなくて役に立ちたいだけなんだ、と。


「違う、って顔だね。でも、僕から見ればそう思えるし、やっぱり焦っていると思うよ」


 早く強い力を手に入れたいとは、戦い始めた人ならだれでも思うことだと律はいう。


「僕だってそうだったよ。僕みたいな後方支援は特に、直接敵を倒すことはほぼないから、仲間パーティの一員としてあまり役立ってないんじゃないかってね」


 律が一つだけ攻撃魔法を会得しているのもそういった焦りが動機だったと苦笑いしている。


「さっきも言ったけれど、強くなりたいって気持ちは大事だよ。けれど、身に余る力をいきなり手に入れていいことは、あまりないんだ」


 強い力を会得することはさほど難しいことではない、と律はいう。だが無理やり発揮する強大な力は体や精神に強い負担を強いる。


「だから、方法は言わないよ。氷室くん、無茶をしそうだし」


 たとえ少々体力や精神力を消耗しても、強い力を手に入れて二人の役に立てるならそれでもいいのではないかと司は思った。


「僕はね、誰かのために死ねる、死んでもいいって戦い方は好きじゃないし、自分と関わった人には長く生きていてほしいと思っているよ」


 どきりとした。

 まるで心を読まれたかのような言葉だ。


「できれば手を貸してほしいとお願いして戦いに巻き込んだのに矛盾しているかもしれないけれど、氷室くんにも無茶はしてほしくない」


 律の顔を見れば司にも簡単に判る。

 彼は心からそう思っていることに。


「お友達のことが心に刺さったままで今は苦しいかもしれないけれど、きっといつか、この人のために死ねるじゃなくて、この人のために生きたいって思える人は現れると思うから。だから今は、焦らないで」

「それは、雨宮さんの実体験ですか?」

「うん」


 司の問いに律は即答した。

 彼が今まで生き急ぐような無茶をしたかどうかは司には判らない。

 だが今、律にとって遥が「この人のために生きたい」と思う人なのだとは、聞かなくても判ることだ。


 おそらく遥に同じようなことを問うても彼女は即答するだろう。


 なんと強い結びつきだろう。

 彼らがそれだけの関係を築くのに、どれほどの道のりがあっただろう。

 きっとたくさんの修羅場をくぐったに違いない。


 ――俺なんかじゃ絶対にかなわないな。


 司はしみじみと実感して、笑みが漏れた。

 悔しいと思うことすらばかばかしくなると、笑みしか漏れてこない。


「思い切りのろけてますね」

「えっ、そんなつもりじゃなかったんだけどっ」


 突っ込むと、律は顔を紅潮させてあわあわとした。

 なかなか可愛らしい面がある。

 きっと遥は律のこういう面が好きだろうなと思うとまた笑いが漏れる。


「この人のために生きたい、か」


 そんな人が現れるといいなと司は律の照れた様子を見て思った。

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