18.旬
親戚の家の植わっている柿の木からとれたもので、毎年段ボール箱で送ってくれる。
今年は豊作だったらしく、いつもより箱が少し大きかった。
こんなにあってもなかなか食べきれないから、お友達とかにもあげていいよと母に言われて遥は
一瞬、
司の、自分への好意は単に異能と戦う仲間、あるいは彼が自分を師匠と呼ぶことからして、師弟の関係によるものだけだと思っていた。
だがあの時の司のむっとした顔は、男として律に嫉妬しているようなものだったと感じられた。
好かれるのは、嬉しい。女冥利に尽きるというものだ。
だが惚れた腫れたのいざこざには巻き込まれたくないというのが本音だ。
司とは一定の距離を保って、師弟の関係のままでいるのがいいと遥は考えていた。
改めて彼から「好きだ」と言われるなどの直接的なアプローチがあれば、きっぱりと断るが、自分からその手の話題に触れるような言動はしないでおくのが一番だ。
レジ袋に柿を三つほど詰めて、遥はトラストスタッフに向かった。
「わぁ、柿だ。旬だね」
「親戚から送ってきたの。甘くておいしいのよ」
律がとても嬉しそうにしているので早速食べてもらおうと遥は給湯室を借りて一つ、皮をむいて切ってきた。
つまようじにさした柿を手に取ってにこにこと眺めたあと、律は一口で半分ほどを食べた。
「ふわぁ、ほんと、甘いね」
いつものようにスイーツを楽しむ十代の女子の顔になっている。
とても可愛らしくて和む。かわいいと言うと微妙な顔をされそうなので彼には言わないが、遥は彼のその顔が好きだ。
「今年はたくさんなったらしくて、いつもより多く送ってきたのよ。またほしかったら言ってね」
「だったら、氷室くんにもあげたらどうかな」
律からなんでもないように司にあげたらと言われて遥はどきっとした。
この前のクッキーのことは言っていない。知っていたら、律はどういうだろう。
「……そうね。嫌いじゃなかったら」
曖昧にうなずいた。
「ねぇ、律……。氷室くんのこと、どう思う?」
「うん? いい素質持っているよね」
柿を美味しそうに食べる律に尋ねると、遥の聞きたいこととは違う方面の答えが返ってきた。
だが何をどう思うのか言わないで尋ねたのだから、律の立場からすれば至極まっとうな答えだろう。
「それは、そうね。えぇっと、そういう方面じゃなくて……」
――氷室くんがもしかするとわたしのことを好きらしいって、気づいてる?
そんなことを口にするほど遥はきっぱりさっぱりとした性格ではなかった。
「そういう方面じゃない? あぁ、そういえば、なんだか悩みがあるっぽいけれど」
律がぽんと手を叩いた。彼の悩みを知っているのかと遥は息を詰めて次の言葉を待つ。
「期末テストが近いんだっけ。テストが終わるまであんまり蒼の夜対策に呼ばないほうがいいかな」
「そっち……」
気が抜けた。
きっと律は司が遥に思いを寄せているとはつゆほども思っていないのだろう。
ならば、遥からことを荒立てることもない。
遥はふふふっと笑った。
「え? なに? 僕おかしいこといった?」
「ううん。何も。氷室くん、テストうまく乗り切るといいね」
「そうだね」
噂をしたからか、ドアがノックされ、律に促されて司が入ってきた。
「今日もよろしくお願いします」
軽く礼をした司の目が机の上の柿にとどまった。
「美味しそうですね。俺も、家族も柿好きなんですよ」
「そうなんだ。僕も好きなんだよ」
「秋って旬の果物がたくさんあっていいですよね」
司が律と果物の話で盛り上がった。
「氷室くん、柿好きなのね。うちにたくさんあるから持って来ましょうか」
たくさんありすぎて助けてほしいぐらいだと遥が軽く笑って言うと、司は目を輝かせた。
「いいんですか? いただきたいです」
本当にうれしそうだ。彼がここまで表情を動かすのは珍しい。よほど好きなのだろう。
「それと、この前はすみませんでした」
えっ、と遥は驚いた。
すぐにクッキーの時の話だと思い至ったが、ここで謝られるとは思わなかった。
「この前?」
当然、わけのわからない律は首をかしげている。
「俺、前にクッキーもらった時に嬉しすぎて失礼なことを言ってしまって」
司は律に言うと、もう一度遥に軽く頭を下げた。
「あっ、もしかして、どこの店で買ってきたのかとかそういう感じ? 判るなー。遥さんのクッキー美味しかったからね」
律が見当違いの納得をしている。
思わず司を見た。
司も遥を見た。
そういうことにしておいた方が平和かも。
ふふっと笑いが漏れると、司もいたずらっぽく口の端を持ち上げた。
「さぁ、訓練を始めましょう」
遥の声は、いつもより少しだけ弾んでいた。
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