24.月虹

 雨上がりの日がさす昼休み、つかさはいつものように屋上で過ごしていた。

 だがいつも一緒にいた栄一はもういない。


 あれから、栄一が「行方不明」となったことが学校でも公になって、一番仲がいい司は何か知らないかと教師や栄一の両親、警察にも問われた。


 実際、最後に一緒にいたのは司なのだから、なんとしても手がかりをと問われるのは当たり前だ。


 司は「あの日はいつものように過ごして、帰りもいつも通りでした」と答えることしかできない。


 どうしていなくなってしまったのか理由は判らない、というところだけが嘘だが、どうして彼が巻き込まれてしまったのだという本音があるので誰も司が本当のことを知っているとは疑わなかった。


 二日ほどして、その手の質問がぱったりとやんだ。

 蒼の夜に巻き込まれ「神隠し」にあってしまった者の周りへの、公にできない「あかつき」からの働きかけがあったのだろう。おそらく、両親は蒼の夜の存在を聞かされ、絶対に公表しないように口止めされていることだろう。


 栄一のいない日常が当たり前になっていくのかと思うと悲しいし悔しい。

 なんとしてでも蒼の夜の犠牲者は出さないようにしたい。


 そんなことを考えていただろうか、スマートフォンが鳴った。

 りつからだ。蒼の夜への応援要請だ。


 一も二もなくうなずくと、キーホルダーが光を放つ。

 空間移動のぐにゃりと押しつぶされそうな不快感にも慣れてきた。

 あっという間に司は暗い蒼の景色の中にいた。住宅街だ。


「司くん、こっちだ」


 律に呼び寄せられ、司は刀を抜きつつ走り寄る。

 てっきり遥が先に戦っているのかと思っていたが彼女はいない。都合がつかなかったようだ。


 魔物はライオンのような見た目の獣型だ。律と睨みあっている。


 司が走ってきたことでライオンの目が彼に向く。

 その間に律は魔法を放った。ライオンの動きが鈍くなる。

 続けて、司にも魔法をかけてくれた。腕力増強の魔法のようだ。


 勢いのままにライオンに斬りかかる。動きを鈍らされた魔物は司の振るう刃を避けられない。深く切られて苦痛の叫びをあげる。

 だが行動不能に追い込むことはできなかった。

 司を食い殺さんと睨みつけ、跳びかかってくる。


 爪や牙が司のそばをかすめる。

 決して見切れない動きではないはずだ。

 だが司の刀は思うように敵に当たってくれない。

 逆に敵の爪が司の腕をひっかいた。

 激痛に一歩引く。


 もしかして、勝てない……? と焦りが生まれ大きくなってくる。


「氷室くん、落ち着いて。大丈夫、いつもの調子で」


 少しも焦っていない律の声と、癒しの魔法が司を包む。

 温かい魔力に包まれ、司はよし、と息をつく。

 そこへ。


「お待たせいたしました」


 遥がやってきた。

 これで怖いものはない。


 いつものように連携をとって、あっという間に魔物を斬り伏せた。

 光となり消えていくさまに、安堵する。


 気になるのは犠牲者の有無だが、これは後にならないと判らない。


「今回は、きっと大丈夫だよ」


 司の心情を察してか、律が言う。


「そうでしょうか。そうだといいんですけど」


 応えて、司は遥を見た。

 彼女は空を見上げている。

 何かあるのかと司もそちらに目を向けると、虹が出ていた。


「月虹ね」


 遥が微笑する。


 蒼の夜の中では夜の景色になる。ということは普段は見えていない昼の月も蒼の夜の空に輝いている。

 月の光を受けた小さな水の粒達が、虹となって輝いているのだ。


「綺麗だけど……」


 魔物が現れる蒼の夜の景色を綺麗だと感じるのは、なんだか不謹慎な気がした。


「綺麗な物は綺麗で、いいじゃない」


 遥が言うのに、そう感じる心は大切だと律もうなずいている。


 二人の感性はよく似ているのだなと司は笑った。

 彼らの仲のよさに悔しい、うらやましいという気持ちもあるが、ほほえましくもあった。


 蒼の夜が薄れ、虹が消えていく。


「さ、学校に送ろうか。休み時間の間に帰らないとね」


 律に言われて、そうか学校にいたんだった、と司は思い出す。


 遥や律のそばで戦うことも、司にとって自然な生活の一部になりつつあるのかもしれない。

 律の運転する車の後部座席で、司はそんなふうに考えていた。

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