29.地下一階
蒼の夜を世間に発表することになった。
「蒼の夜の発生頻度が増えて、もう隠し通すのは無理だという判断が下されたみたいだ」
それはある意味当然だろうと司も思う。
蒼の夜に巻き込まれた人の大半は気絶する。この前の駅での発生後、集団で意識を失っていたことについてニュースで騒がれていた。報道の規制がかかったのか、その後比較的短期間で鎮静化したがインターネットはそうはいかない。SNSは今もその手の話題に絶えない。
同時に、異世界の存在、対策についても軽く触れられるそうだ。
「魔物のことは?」
「それも言うよ。大半が意識を失うけど、起きていられる人もこれからもっと出てくるだろうからね」
蒼の夜に巻き込まれて魔物に遭遇したら逃げるようにとアナウンスするらしい。
「でもそれじゃ、……きっとパニックになりますよね」
「混乱は避けられないね」
自殺や犯罪が増えるかもしれないと思うと憂鬱になる。
「それよりも『暁』として心配なのは、戦っている人のことが世間に広がってしまうかもしれない」
事象のただなかで起きていられた人が魔物と「暁」の戦いを撮影してインターネットに投稿されてしまう可能性がある、と律は懸念している。
「できるだけ対策を講じてもらうことになっているけれどその手のトラブルにあったり質問されたりしたら『暁』の先輩とかに相談して」
はい、と応えながら司は違和感を覚えた。
だがそれよりも、自分が戦っている映像などがネットに拡散されたらどうしようという心配の方が上回って、違和の正体に気をまわせなかった。
『なんか、大変なことになってきちゃったね』
夜、
彼女も蒼の夜が世間に公表されることを聞いて心配だという。
『でも、わたし達がやることは、変わらない、よね?』
少し自信なさげな文章に、司はふっと笑みを漏らした。
みんな心配なんだ。
きっと律達も。
それでも、美咲のいうように、やることは変わらない。
蒼の夜の魔物を倒して巻き込まれた人を守る。
『だな。俺らはできることをやるしかないな』
司の返事に美咲も気分を持ち直したようで、話題は日常のやりとりに移っていった。
その日の夜、政府からの重大発表として、蒼の夜についてニュースで流れた。
日本政府だけでなく全世界の主だった国でも発表され、ファンタジーと思われていた異世界の存在まで公になり、世間の反応は様々だった。
当然、次の日の学校はその話題一色だった。
異世界ってすげーな、などと他人事のように騒ぐ生徒が多い中、司のクラス周辺では重い空気が流れていた。
「なあ、もしかして南ってさ」
「蒼の夜? だっけ? 巻き込まれたんじゃないか?」
「魔物に殺されたってこと?」
クラスの生徒達が身近な被害として感じ取っているのだ。
栄一が死んでしまった可能性が高いと知って泣き出す子もいた。
栄一がいなくなった本当の理由を知り、皆が悲しんでいることに、司は、ほんの少しだけ、嬉しかった。
蒼の夜がデパートの地下一階で発生した。
フロア丸ごとを飲み込んでしまった蒼の夜に、美咲達が先に向かっているが応援がほしいと律に要請が届いた。
いつものように蒼の夜に転送される。
敵は二体、腕がブレードになっている人型の魔物だ。
限りなく人間に近い容姿だが、もう司はためらったりしない。
二本の腕の攻撃を刀で次々にいなし、かわし、敵の目を引き付ける。
敵のブレードがショーケースをたたき割った。
これって大変な被害だよなと、ちらりと考えたが今はとにかく魔物を倒すことに集中しなければと気を取り直す。
魔物が跳躍してきた。
体をひねりブレードを避けつつ、刀を振り上げる。
手ごたえはあった。だが司の肩に敵の攻撃が食い込んだ。
骨が砕かれたかと錯覚するほどの激痛に、司は悲鳴をあげて膝を落とした。
とどめのチャンスとばかりに敵がブレードを振りかぶったところに、遥が飛び込んできて両断した。
「氷室くん! 大丈夫?」
美咲が駆け寄ってくる。あちらももう一体を倒したところのようだ。
「ん、大丈夫」
それだけ答えるのが精一杯の痛みだ。
すかさず律が傷を癒してくれる。
そのころになって、蒼の夜が晴れたようで、床に倒れていた人達が起き上がり始めた。
そうか、地下だから景色は変わらないよなと司は軽く笑った。
「なんだこれ、壊れてるぞ」
「これが、もしかして蒼の夜?」
「魔物が暴れたの?」
目覚めた人達は一様に不安そうだ。
これが「戦える人」とそうでない人の差なのだ。
司は「戦える人」だ。
美咲のいうように、やれることをやるしかない。
司は改めて、自分の役割の重大さを実感した。
さらに数日後、重大な発表がなされた。
「蒼の夜の発生元である異世界との行き来が可能になったと政府が発表しました。地球側から異世界へ対策班を派遣し、蒼の夜の原因を調査する、とのことです」
これで恐怖が去ってくれればとの世間の反応に同調しつつ、司は不安を覚えていた。
対策班って、誰が行くことになるんだろう、と。
司の不安を助長するようにスマートフォンが鳴った。
相手は、律だった。
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