30.はなむけ

 なにか悪い報せの気がする。


 つかさりつからの着信を告げるスマートフォンを握り、少しためらった後、通話マークをタップする。


『氷室くん? 今いいかな』


 出るのが少し遅かったからだろう、律が遠慮がちな声で尋ねてくる。


「はい、大丈夫です」

『ニュース見た?』


 蒼の夜の発生元と思われる異世界に調査団を派遣するというニュースのことだろう。

 司が確認すると、律はうんとうなずいた。


「行くことになったんですか?」

『うん。察しがいいね』


 律が笑う。


「このタイミングで電話をかけてくるのは、そうかなって」


 予想が的中しても全然嬉しくない。


 律がいなくなったらパーティはどうなるのだろう。支援役が抜けるわけだから、新たに誰かと組むことになるのだろうか。

 司が考えていると衝撃的な言葉が聞こえてきた。


『遥さんも一緒に行くから、氷室くんは別の人の班に入れてもらうことになるよ』


 遥も一緒に行ってしまう。

 さらにショックだった。


 自分が全然知らない人の班に入っていくことができるかどうかも不安だ。


『明日、詳しい話をするからトラストスタッフに来てほしい』

「判りました」


 電話を切る。


 律と遥が異世界に行ってしまう。

 調査班がどんな任務を担うのか判らないが、蒼の夜の発生源を探るのは結構危険なんじゃないかと想像できる。


 そこへ、律と遥が。

 帰ってこられるのだろうか。

 旅立つことが決まってしまった二人に思いをはせる。


 そして、先日感じた違和感の正体に思い当たる。

 律は暁の活動がネットに拡散されるなどのトラブルに巻き込まれたら「先輩とかに相談して」と言っていた。


 僕に相談して、ではなく。


 律の性格を考えると司のトラブルは彼が背負ってくれそうなのに。


 あの時、もうすでに異世界への派遣が決まっていたのかもしれない。あるいは正式決定でなくとも可能性が高いと律が考えるほどだったのだろう。

 遥も知っていたのかもしれないが、先日一緒に戦った時には二人ともいつも通りだった。


 隠すべきことは隠して、やるべきことをやる。

 二人を改めて尊敬する。

 彼らと一緒に戦えたことを誇りに思う。


 俺は、もっと精一杯のことをしなければならない。

 司は拳をぐっと握った。




 次の日、トラストスタッフに行くと、律の部屋には彼と遥、以前一緒に戦ったパーティの三人がいた。


 美咲と目が合って、彼女がにこにこと笑ったので軽く笑みを浮かべて会釈する。


「急な話だけれど、明日、異世界に行くことになったんだ」


 本当に急な話だなと司は驚いた。

 準備期間を設けたとして一週間ぐらいあとのことだと思っていた。


 この六人の中では律と遥、別パーティの一人が異世界に派遣される。


「なので、氷室くんを彼、里村さんに預けようと思う」


 里村は美咲の指導者だそうだ。司にとっての遥の立ち位置か。


 そういえば初めて美咲と話した時に公園の隅で律達と話していたのが、彼だった。

 なるほど、あの時から準備は進んでいたのだろう。

 ともに戦ったのも顔合わせの意味合いがあったのかもしれない。


「よろしくね。僕は雨宮さんと同じくサポート系で攻撃魔法も使える。天野さんは遠距離物理攻撃メインだから、氷室くん一人に魔物を直接引き受けてもらうことになるよ」


 ツートップで後ろから律に支援を受けていた今までと少しだけ違うフォーメーションだ。司の役割の重要性が増したともいえる。彼が敵を後ろに逃してしまったら戦線が崩れてしまう。


「よろしくお願いします。頑張ります」

「氷室くんと一緒に戦うことになるなんて思わなかった。よろしくね」


 里村、美咲と握手を交わした。


「これからは里村くんと直接連絡をとって、頑張って」


 律と遥が微笑を浮かべている。

 本当は、異世界なんかに行く彼らの方が大変だろうに、司を案じてくれている顔だ。


「一か月近く、お二人のそばにいていろいろなことを学びました。ありがとうございました」


 これでしばしの別れとなると思うと、こみ上げてくるものがある。

 だが、弱い感情は見せたりしない。

 頼りない自分に戦い方と生き方を教えてくれた二人だから、彼らに安心して旅立ってもらわなければならない。


「この世界は俺らが守ります。だから、帰ってきてください」


 司の力強い言葉に、律達は驚いた顔をしてから、笑った。

 人を癒す天使のような笑みの律と、静かに見守ってくれる師匠の表情の遥。

 二人の笑顔は心からのものだと、信じたい。


「今の氷室くん達なら大丈夫だね。安心して行ってこれる」

「なによりも嬉しい、はなむけの言葉だわ」


 律と遥とも、しっかりと握手をかわした。

 今の言葉が嘘にならないようにと、司は己に強く誓った。




 律達が異世界へと派遣されてから半年が経った。

 蒼の夜は相変わらず頻繁に現れる。

 その仕組み自体を止めることはできなさそうだという報告が入ってきているそうだ。


 蒼の夜でつながった世界、エルミナーラはとても危うい世界で、人々は魔物達に怯えて暮らしているとか。その問題を解決することができれば、地球を襲う蒼の夜も収束するかもしれない、というのが一番有力な情報だ。


「雨宮さん達、元気みたいだな」

「うん、でも魔物の脅威を世界からしりぞけるってすっごく大変そうだね」


 報告を受けた司と美咲は顔を見合わせた。

 果たして、彼らが帰ってこられるのはいつになるのだろうか。


 とんでもなく時間のかかりそうなミッションに挑む律達のことはとても心配だ。

 だが二人が今できるのは、近くに現れた蒼の夜の対処だけだ。


「そういえば氷室くん、進路決めた?」

「うっわ超現実的な話題になった」

「大切なことでしょー」

「そりゃ、ま」


 うなずいて、司はにこりと笑う。


「もう前から決めてるよ」

「え、ほんと? どこ受けるの?」

「大学には行かない」

「就職? ……あ、どこに行こうとしているのか判った気がする」


 司が応える前に、二人のスマートフォンが同時に鳴る。グループ通話の着信だ。


「あ、里村さんだ」

「蒼の夜だな」


 二人はうなずき合って、電話に出る。


 準備オッケーの返事をすると、すぐさま蒼の夜の中に転送された。


 司は刀を、美咲はハンドガンを手に取って走り出す。


 これからもこうやって、蒼の夜と戦う暁のメンバーでいられるように。


 司はトラストスタッフの内定をもらっている。


 律達が帰ってくる世界を守ることに専念できるように、自分にできることを精一杯やる。


 強い決意と共に、これからも司は熱い思いを込めた刃を振るうのだ。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暁の剣士――熱き氷の刃 御剣ひかる @miturugihikaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説