13.うろこ雲

 屋上から見る空には、うろこ雲が広がっている。

 うろこ雲が出たら数時間後に雨だっけ、とつかさはぼんやり考えた。


 今日は傘を持ってきてない。降られると困ると思ったが、別にいいか、とため息をついた。


 別にどうでもいい。

 雨にぬれても、そのせいで風邪をひいても、……死んでしまっても。


「こーら、飯くえー」


 頭を小突かれた。


「おまえさー、前にもまして暗いぞ。暗いだけならまだマシだけどさ、ちゃんと飯くえよー」


 栄一が腰に手を当てて司を見下ろしている。


「おふくろかよ」


 司は半端な笑みを漏らした。


「まーたなんかあったんだろ」

「別に、っていっても信じないだろうなぁ」

「そんなしょぼくれた顔でご飯も食べずにぼーっとしてたらなー。説得力ナッシングどころか疑ってくださいマックスだ」


 ほら食えと栄一が司の弁当箱を手に取って差し出した。


「……ん」


 受け取って、ふたを開ける。

 一口食べるとうまいと思う。


 心ががたがたでも、体はエネルギーを欲するのだ。

 いやきっと、もっとボロボロになったら食べる気すら起こらないのかもしれない。


 気づかせてくれた栄一と、他愛ない会話をしながら弁当を食べた。


 今や彼だけが司を助けてくれる存在なのだ。

 心配してくれる彼には、心のうちをさらしてもいいのかもしれない。

 与太話に一区切りついた瞬間、司はすっと息を吸って小さく吐いた。


「気になる人がいるって、言っただろ」

「おっ? 突然話題変わったなー」

「……失恋した」

「ふぁっ? マジ告ったのか?」


 意外だなーと驚く栄一に、まさかと司は力なく笑う。


「彼氏がいた。一緒にいるところを見た」


 言いながら思い出すのは、はるかりつの仲睦まじい様子だ。


「一緒にいたヤツがカレシだって限らないんじゃないか?」

「いや、あの雰囲気は……。栄一もきっと直接見たら間違いないって思うと思う」


 手作り弁当を前に満面の笑みの律と、彼に寄り添う遥を思い出して司は口をへの字に曲げた。


「そっかー、残念だったなー。せっかく好きになれる相手が見つかったのにな」


 栄一も少し悲しそうな顔をした。


「くよくよすんなよ。女の子なんてたーくさんいるっ」

「たくさんいるけど誰でもいいってわけじゃないだろ」

「うーん、難しいな」


 栄一が腕組みをしてうなる姿がおかしくて司の唇から笑みが漏れた。


「なー、いっそ大声上げて泣いちゃえよ」


 とんでもないことを言い出した。


「そんなことできるかよ」


 恥ずかしいとつぶやくと栄一は笑った。


「まー、なかなかなー。けど悲しいのをため込むより、吐き出した方がいいと思うぞー。大声で泣くのは無理でも、なんか違う方法でも」


 確かにストレス発散は大事だと司もうなずいた。


「そうだな。適当に発散する。雨の中で騒いでみるか……?」

「えっ、今日雨か?」

「うろこ雲が出たら数時間後に降るって」

「まじかー! おれ今日傘持ってないぞ」

「俺もー」


 二人はうろこ雲を見上げて笑った。

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