12.坂道
訓練帰りに
最近
「今日はどうでしたか?」
ニコニコと笑う律の笑顔は相変わらず見ていてほっとする。
だが心なしか疲れているように見える。
忙しいからだろうか。
心配しながらも司は訓練の感想や自分で気づいた課題などを告げた。
遥から見た感想と指摘が加えられる。
師匠はおおむね満足しているようで、司はほっとした。
「そろそろ、これを渡しておいてもいいかな」
律は小さな蒼い
「これは?」
「蒼の夜につながるアイテムだよ」
受け取ろうと手を伸ばしていた司はぎょっとなって思わず手を引っ込めた。
「律、説明不足です」
遥が微笑を浮かべると律はあははと笑って謝った。
「蒼の夜が発生した時に、いつもいつも僕達が揃っているわけではないだろう?」
このキーホルダー、正確にはそれにつけられている房に、蒼の夜へと飛ぶあの魔法が込められているのだと律は言う。
「もちろん、まだ氷室くんだけを蒼の夜に送り込むには早いから僕達が先に行ってから君を呼び寄せる形になるけれど」
ゆくゆくは司一人でも対応できるようになってほしいと言われて司は大きくうなずいた。
今までの訓練が評価され、期待されているのだと感じて身の引き締まる思いだ。
「それじゃ、氷室くんお疲れ様。もう暗いから気をつけて帰ってね」
律の天使のような笑顔に見送られて司は部屋を辞した。
ビルを出たところで、次の訓練の予定を決めていなかったことを思い出す。
後でメッセージでやり取りしようかとも思ったがせっかく近くにいるのだから今確認しておいた方がいいかと思い直して、司は律の執務室に引き返した。
ノックをして中からの反応を確かめてから扉を開けると、椅子に座る律のそばに遥が立っていた。
机の上には、弁当が広げられていた。薄緑色の弁当箱はいかにも家庭的なそれで、中身も手作りのおかずばかりだ。
「……あ」
思わず声が漏れた。
律も遥もごく自然に体を寄せていた。表情も、いつも見る彼らとは違って見えた。
二人がそばにいることがとても自然で当たり前のような空気を感じたのだ。
遥は少し恥ずかしそうに笑った。
その笑顔が司の想像を肯定している。
「氷室くん、忘れ物?」
律の声にようやく我に返った司は、次の訓練の予定を、とできるだけ普段通りの声をと意識して絞り出した。
自分でも判るぐらい、不自然だった。
「氷室くんの都合が悪くなければ次は週末かな。それまでに何かかれば連絡するよ」
律は何も思うところがなかったのか、いつも通り屈託のない笑顔と声だ。
司は「はい」と返事だけして、逃げるように部屋を出た。
あれは、あの雰囲気は、仕事上のパートナー以上だ。
弁当は遥が作ったのだろう。それが二人にとって当たり前なのだ。
さすがに気づいた。
遥の今まで見たことのない柔らかい表情や雰囲気は、蒼の夜と戦う「
司が驚いて二人と弁当箱を見比べた時に見せた恥じらいの笑顔は、デートのさなかに知り合いに見つかってしまった恋する女性の笑顔だ。
「なんだよ……」
つぶやいた。
遥への思いは、自分でもよく判らないと思っていた。
「暁」の先輩としても師匠としてもとても尊敬しているし、律と遥の二人と一緒に戦えることは誇らしかった。
それよりもちょっとだけ、遥に対しては何か違う感情があるのは自覚していたが、恋とは何か違う気もしていた。
だが、今はっきりと判った。
司は遥が好きだ。
そして自覚した瞬間に失恋が決定したのだ。
坂道を転がり落ちる気分で司はトラストスタッフを後にした。
次に彼らに会う時、どんな顔をすればいいんだろう。
大きなため息が漏れた。
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