9.神隠し

 あおの夜の魔物を倒した二日後の朝、つかさはテレビから流れてくるニュースにどきりとした。

 会社勤めの女性が二日前の夕方から行方不明となっている、というものだ。


 彼女の勤め先が、二日前に発生した蒼の夜の近所なのだ。


 その日もいつも通り出勤し、いつも通り仕事をして退社した。それ以降の足取りがつかめないと報じられている。


 もしかしてあの木の化け物にやられてしまったのかと司の心臓がバクバクする。


 ぼーっとニュース見てないで学校行きなさいと母親に笑われて司は我に返る。


 学校でも行方不明のOLのニュースは学友たちの話題に上っていた。隣の市という比較的近隣での話だから無理からぬことだ。


「事件か、家出か、どっちだと思う?」


 昼休みに屋上で栄一に聞かれた。


 もしも蒼の夜の犠牲者なら、どちらでもない。

 だがそう答えるわけにもいかず司はうーんとうなって、事件? と曖昧に答えた。


「単なる家出ならいいのにな。事件とか怖すぎだろー」

「もう大人なんだし、家出っていうのかな」

「じゃあ失踪? とにかく自分の意思でいなくなったんならなってこと、誘拐とか殺人とかだったら犯人が隣の市にいるってことだろ? こっちに来るかもしれないし」


 そうだなと司はうなずいた。

 蒼の夜の犠牲者でなければいいのにと思う。


 ふと、そういえば蒼の夜の犠牲者はどう報じられているのだろうと気になった。突然いなくなるわけだからやはり失踪扱いになっているのか、未解決事件として扱われているのか。


 家に帰って司はインターネットで検索してみた。


 まさか引っかからないだろうとは思ったが「蒼の夜」を検索ワードに指定したがまったく関連のないコンテンツばかりだった。


 だよなとつぶやいて、今度は「失踪」と入力する。

 様々な事件がヒットした。


 記事を一つ一つ調べてみる。

 その後生死問わず見つかったものは除外して、未発見、未解決の記事のその後を追ってみる。


 行方不明となって何か月、何年、失踪した日に思い出したように「いまだに行方はつかめていません」と情報提供を呼びかける記事もあれば、数か月もすればすっかり報じられなくなっているものもある。


 この、その後何も報道されていない失踪人こそが、蒼の夜の犠牲者ではないだろうか。


 さらに、大型匿名掲示板のオカルト関係の界隈では突然の失踪は「神隠し」と呼ばれていることにたどり着いた。


『今朝のOLの、神隠しじゃね?』

『まだ判らないけど、ふつーに生活してたのにいきなりいなくなったらしいしな』

『なんか最近多くないか?』

『いよいよ霊界とつながりだしてるんじゃないか?』


 早速、今朝のニュースも言及されていた。


 蒼の夜は異世界とのつながりのある特殊な空間だとりつは言っていた。

 ならばその頻度が増えればいずれ異世界と本格的につながったりしないか?


 考えて、急に怖くなってきた。


 夕食後、ニュース番組を見ていると早速今朝の続報が入ってきた。


 行方不明のOLは、周囲に悩みなどを相談したりということはなかったそうだが、会社の同僚の話では激務で、いなくなった日はとても久しぶりに定時帰りをした日だったそうだ。


 警察は「激務のストレスから失踪した可能性も視野に入れ、引き続き事件と失踪両面から捜査する」と発表している。


 なんとなく、作為的なものを感じた。

 自ら姿を消したという方向に持って行こうとしているのではないかと思ったのだ。


 そういえば「暁」の活動は政府の後ろ盾があるとか律は言っていた。

 蒼の夜に関する研究や戦いへの支援などばかりに目がいっていたがこういう情報操作ももしかして……。


 疑い出すときりがなかった。


 次の日、訓練の前にトラストスタッフに立ち寄って律を訪れた。


「前の蒼の夜の犠牲者っていたんですか?」


 尋ねると、律は真顔になって「どうして?」と尋ね返してきた。


「昨日からニュースで言われてる失踪の人が、犠牲者なんじゃないかって思って」


 司はニュースを見て感じたこと、ネットで調べたことを律に話した。


「うん、そういうところに興味を持つのも大事なことだと思う」


 微笑を浮かべて前置きしてから律は司の最初の質問に答えてくれた。


「氷室くんの察したとおり、犠牲者がでてしまったみたいだね。何せ亡くなってしまったら遺体が残らないから直接見た以外のことは推測になるんだけど」


 律達が到着した時、魔物は移動の途中だった。移動元でくだんのOLが犠牲となった後で律らが魔物と遭遇したのかもしれない。


「そのOLさんの足取りが、あの付近で途絶えているのは確かだし、ほぼ間違いないと思われるよ」


 あの場の近くで犠牲者が出ていた。

 魔物を倒して蒼の夜に巻き込まれた人達は全員助かったのだと思っていただけに司には大きなショックだった。


 失踪事件のその後の情報の出し方については、トラストスタッフではノータッチだそうだ。だが何かしら事件の扱いについてマスコミに依頼、あるいは命令のようなものはあるのではないかと律も思ってるそうだ。


「僕らにできることは、できるだけ犠牲者を出さずに蒼の夜の魔物を倒すことだね。最近ちょっと数が増えてきているから、つながっている元の異世界に大きな異変があったのかもしれないけれど。その辺りは今、暁のスタッフが総力をあげて調査中だ」

「調査って、異世界のことなのに、できるんですか?」


 司の問いに律は首を中途半端に振った。

 魔物が消えれば蒼の夜も消える。魔物を退治しなければ犠牲者が出てしまう。

 なので調査は難しいと律は言う。


「それでも、なんとかしないといけない。僕らも頑張るから、氷室くんも、頼むよ」


 あ、でも、無茶は駄目だよと笑う律はいつもの彼だったので司はほっとした。


「さぁ、そろそろ訓練所に行った方がいい。遥さんが待ってる」


 律に見送られて司はトラストスタッフを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る