4.紙飛行機
学校からの帰り道、家の近くの公園を通りかかった時、
もう日が暮れるのが早くなった。夕方というよりは夜に近い暗い空の下、三人の小学生が紙飛行機を飛ばしている。
しかし知り合いの子でもないのに「早く帰った方がいい」などと声をかけるのはためらわれる。
司は少し心配しつつ、公園のそばを通り過ぎようとした。
何か、違和感を覚えた。
何とも言えない落ち着きのない空気だ。
と、子供の一人が投げた紙飛行機が突如消え失せた。
だが子供達には紙飛行機が見えているのか、遠くまで飛んだとはしゃいで、飛行機が消えた方向へと小走りで向かっていった。
まさかと司が思った通り、子供達の姿も忽然と消えてしまった。
よく見るとなにかもやのようなものがまるで世界の境目のようにゆらゆらとしている。
これはもしかして、蒼の夜か。
司は急いでスマートフォンを取り出した。
蒼の夜出現に遭遇した場合「暁」に緊急コールをすることになっている。
電話に出た暁のスタッフに位置を伝えた。
『こちらの蒼の夜探知情報と一致しました。すぐに雨宮さんと天道さんが向かいます。氷室さんは蒼の夜の内部に入り、様子を伝えてください』
蒼の夜の中にいる化け物と戦えと言われなかったことに司はほっとしていると同時に子供達は大丈夫かと案じた。
とにかく言われた通り、司も中に入ることにした。
世界の境目のもやに近づき、手を伸ばす。
手の先がすぅっともやの奥に消える。
司は意を決し、勢いよく一歩を踏み出した。
景色が、夜のそれに変わる。公園の様子は全く変わらないのに、ただ空が夜空に変わり、不気味に暗く、蒼い。
自分が襲われた時のことを思い出して身震いするが、手に刀が握られていると気づいてほっとする。今はただただ何もできなかったあの時よりは、少しだけだが強くなったはず。
司は子供達がいるであろう方へ走った。捜すまでもない。不気味な気が漂っている方へ行けばいいと察していた。
子供達が倒れている。上空にコウモリの羽のついた小さな魔物が三匹、今にも子供達に跳びかからんとしていた。
「子供達に、化け物がっ。応戦します」
『え、氷室さ――』
返事を最後まで待たず司は柄をぐっと握りしめて走り、怪物めがけて抜身の一撃を放った。
当たらない。だがそれでもいい。子供達への攻撃さえ食い止めれば。
魔物達は「ギャッ」と驚きの声を上げたが司の刃が自分達に触れることはないと確信したのか、馬鹿にしたかのように司の周りを跳びまわり、手や足の爪でひっかこうとしてくる。
司は刀を必死に振り回して応戦するが、もはや型も何もあったものではない。
右手の一匹に刃を振り下ろした隙をつき、左から襲い掛かられた。
肩に熱い痛みが走った。ちらと見ると服が裂けて血がにじんでいる。
ただ子供達を助けないとと武器を振るっていた司だったが、強烈な痛みがトーンダウンさせた。
このままじゃ殺されるかもと思うと恐怖も湧いてくる。
萎えた気勢に追い打ちをかけるように魔物が一斉に飛びかかってきた。
悲鳴を上げながらも刀を振り上げた司だったが、腕を下ろす前に勝負がついていた。
魔物が悲鳴を上げ、落ちていく。
その向こう側には初めて会った時と同じように、大太刀を振り下ろした遥がいた。
「よく頑張りました」
武器を収めた遥の第一声がねぎらいの言葉だったことに司は驚いた。彼女から見れば戦いにもなっていない司の挙動は稚拙に思えただろうに。
「子供達も大丈夫だよ。蒼の夜が晴れれば目を覚ますだろう」
律が満面の笑みをたたえている。
ほっと心が温まる。
すぐに景色は元の公園に戻った。とはいえもう日もすっかり暮れてしまっているので不気味な雰囲気がなくなっただけだが。
「あれ……? ねてた?」
子供達が目を覚ましたようだ。起き上がりながらきょろきょろとしている。
「あんまり遅くまで遊んでちゃ危ないよ」
律が癒しの笑みを浮かべて子供達に声をかけると「はーい」と元気な返事が返ってきた。
「あ、かみひこうき!」
蒼の夜に入る前に飛ばしていた紙飛行機を拾って、子供達は帰っていった。
彼らが無事でよかったと安堵すると同時に、司は自分のふがいなさを実感した。遥が来てくれなかったらきっと司はやられていた。
「氷室くんがいてくれたおかげであの子達は無事だったんだよ」
心情を察してくれたのだろう、律にねぎらわれて嬉しく思うも、やはり自分はまだまだだと司は痛感した。
「もっと、頑張ります」
司の決意に、律も遥も微笑んでうなずいてくれた。
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