21.缶詰
彼の笑顔は見ているだけでも心が和む。
だが、彼は、彼自身の精神状態はどうなのだろうと遥は案じる。
このところ律はとても忙しい。
クリーニングどころか食事も宅配、しかも自宅ではなく職場に持ってきてもらうほど「缶詰」状態だ。
ずっと根を詰めて働いているわけじゃないよと律は微笑するが、それでも一日の三分の二近くを会社で過ごすのはかなりのストレスに違いない。
仕事の合間に仮眠はしているようだが、海外の「暁」との連絡も取っているようできっと体を休めている間も気が気でないはずだ。
「なにかわたしにできることはないの?」
お茶を淹れて律の前に置きながら遥はそんなことを尋ねてしまう。
答えを聞くまでもない。大学生の遥に、仕事の面で律を助けられることはほぼない。蒼の夜が出現した時に彼の負担を減らすことだけだ。
「遥さんがこうして会いに来てくれるだけで僕はすっごく癒されてるよ」
ほぼ予想通りの答えが返ってきた。
おいしそうに茶をすする律の笑顔こそ、遥の癒しだ。
つい、言いそうになる。
わたしなんかでいいの? と。
遥には自信がない。どうして律が自分を好きでいてくれるのかも判らない。
だが不安に呑まれそうになる時には、母の言葉を思い出す。
『自分を必要以上に卑下するのは、自分だけじゃなくて思ってくれる人のことも馬鹿にすることになるのよ』
律に「これからも僕のそばにいてほしい」と告白された時、どうしようかと悩んで母に相談した時の言葉だ。
律がどうして自分なんかを好きになってくれたのか。今は好きだと言ってくれていてもわたしにそこまで女としての魅力があるのかどうか、と不安を打ち明けた時、母が言ったのだった。
律のことは好き。
この気持ちを馬鹿にするような人は許せない。
だったら、遥を好きだと言ってくれている律の気持ちを否定してはいけない。
自分に自信なんてもてないけれど、律が好きだと言ってくれているのは信じたい。
遥は律の笑顔を見ていつも勇気づけられている。
わたしはわたしにできることをしよう。
「お弁当作ってきたわ。時間のある時に食べて。お部屋に缶詰の律には、缶詰を持ってこようかなって思ったけど」
「……遥さん、怒ってる?」
「ううん。心配しているだけ」
弁当箱を書類の横にちょんと置いて、遥もにっこりと微笑んだ。
「大切な人には、元気でいてほしいから」
律の顔がぽぉっと赤くなる。
かわいい。
こんな律の顔を見るのはわたしだけ。
そう思うと、少しだけ自分を誇らしく思える。
――ずっとそばにいるわ。たとえ異世界に行くことになっても。
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