20.守護知脳マザー ◆日本国旧東京・世田谷区 NH.TK.sg4923:M362ug::Bs-o-mtrs
「おーい! こっちや! 急げ」
「はよ!」
手招きされて、廃墟から廃墟を飛び移るように走り回る。不快な羽音が完全になくなった時、四人はすでに公威のいる、ローグ:サルタヒコの薄暗い事務所にいた。
「あなたたち! こんな非常事態に、本当によく来られたわね」
疲れで喘ぐ四人を見て口を切ったのは、公威との対談中を訪問されたエスペラントのヘレナだった。
「ふん、我々のたくましい想像力すら凌駕する、とんでもないことになったものだ」
公威が、重々しく語る。琳瑚がとりあえず大きな机にクレアを横たえると、その様子も含めてもう一度語る。
「カーネルと、この前の二人か。何をしに来た。ヘレナ、お前が呼んだのか」
「ええ。公威、聞いて。この四人は、束になればエスペラントをも超える知識と、あなたとほぼ互角の戦闘能力を兼ね備えているの。そして、いま彼らは、マザーと呼ばれる謎の人物、通信に招かれている。一緒に、ついていってくれない?」
従順な側近三貴志の一人、ウラカンをちらりとみて、公威は鼻息を荒らげる。
「確かに、その二人は気持ちよいほど無欲で、カーネル氏は聡明だ。だが、私が助太刀をする理由にはなるまい。それに」
「あの人が見えるでしょ? パラレルなのよ」
「師匠! 俺からも、お願いします」
遅れてやってきた則雄も、必死に懇願する。パラレルやったんかと、か細い悲歎が漏れ出る。クレアに対する淡い恋心が、それでも彼を体の底から突き貫いた。
公威は、クレアを見遣りながらなおも黙る。二十二年前、姉貴分として慕っていたドール「なずな」を六一一事件で亡くしてしまったことと、自分で彼女を壊し殺したことの心的外傷から、パラレル共生社会とハイテクの権化たる東京国を深く憎む彼は、パラレル絡みのことには敵としてしか関わりたくはない。
〈二人とも、早くこちらにおいでなさい。あなたたちに、黙っていた一つの情報を教えましょう。私マザーは、あなたたち
「ねえ」
琳瑚が、例のマザー通信から聞かされた衝撃の語りに驚き、その瞬間に、全く同じように皆に伝播させた。
「ばかな、一個人がパラレルを、作るだと」
「あんた一体なにもの? 本当にクレアを、正気に戻すことができるんだろうね?」
〈任せなさい。それよりも、時間がもうあまりありません。急ぎなさい〉
「公威。これは、通信相手のいうことが真だとすれば、強化パラレルの謎がとけるわ。これは、つまりそれ以上のこと……、だめ、うまく言えないけど、でも、きっとすべてが変わるわ! 第一種指定技術の、知脳と融脳の謎がわかるかもしれない。あなたの知りたがっている、六一一事件の真相も」
公威の眉、口角が同時にうごめいた。その目の急速な運動から、彼が様々な反駁の言葉を考えていることは明白だった。そして、今、同時に彼は、自分の反駁にたいする反駁を多数生み出している。
「公威」
カーネルのその四拍音が、彼の鍵穴にうまく収まる。
「よかろう」
重い腰を勢い任せて上げた。
「シンシア、私の出張る間、よろしく頼んだ」
彼女は双剣をきりりと装備し、その意思を示した。刃のきらつきが、またいざぎよい。
「その通信主のところまで行ってやる。情報を聞き次第、私は私の意志のままに行動する。いいな」
カーネル、則雄、ヘレナの三人が深くうなずいた。五人と、愛刀の名に全くそぐう、大和心を持ったマスラオが、この世界の真理に到達しようとしていた。
「気を付けて。私も基地に戻って、あなたたちのサポート、できることするから」
マザーからの通信はハベルと琳瑚両者のところへ届くが、ぶっきらぼうなハベルの性格のおかげで、一行は主に琳瑚の案内によりたどり着いた。ここは、エスペラントの基地と同じような洞穴だった。こちらのほうがまた一段と深い地価であるということだ。
「よし、入るぞ」
はやるカーネルが力を込めて扉を開けようとする。それでも少し光が射しこんでくるくらいしか開かない。ハベルと琳瑚が加勢して、ようやく大扉から全面に光が射しこんできた。
「マザー、あれが」
カーネルがいち早く駆け入る。そこは天井と壁の一角たりとも混じりけのない、白の空間だった。機械仕掛けの天使が住む家に似ている。床にはタンジーが、整然と植わっていた。
それは神秘的なように感じられて、どこかちぐはぐな、荘厳さと危うさを同時に持つ空間だ。
「来ましたね、ようこそ。私が、マザー」
白く巨大な球体に、生えるようにしてある乙女像の上半身。そこにはネクストドアという文言とGAIA362の刻印以外、脳神経を刺激するものは何もない。だというのに、見られている感覚は全ての者の体を貫く。これが一体のマザーの姿。私の作品であり、人類の守護者たるものの、一部の姿だった。
「なあ、クレアさんの回復を、してくれるんやろ?」
なにも言わず、ただ乙女像の胸にはまるガラスが青く光ると、琳瑚に背負われたクレアが首を上げた。その動作は、全てが健常者。今まで意識を失っていたものとは到底思えない。
「あ、ありがとう! 琳瑚さん」
そういって、軽快に地に立つ。
「そっか、私、私が倒れているとき、みんながマザーのとこまで運んでくれたんだよね、ほんとにありがと」
事情がわからず、大半のものが目を丸くする。あたかも、キリストが石をパンに変えたかのような驚きである。
「皆さんの情報を、クレア・コールマン彼女の頭脳用に改変して、適応しました。ご安心を。悪いようにはしていません」
「いったいどうやって……、意識を戻らせたんだ」
マザーは、その質問を軽くあしらった。その代わりに、今から状況説明をするといった。なぜしきりにハベルと琳瑚を呼び続けていたか、なぜ――
「二人には言いましたが、私は二人の母親です。私が二人を、強化パラレルに仕立て上げました。そして、私が強化パラレルに仕立て上げた
そしてなぜ、私があなたたちを招集したかということですが、あなたたちはアルティレクトに対する実働部隊として作られたからです。アルティレクトは一つの
皆、その純白の乙女像の発する言葉に余すところなく耳を傾けた。多くの疑問が、すべての頭脳から次々と生まれたはずだった。それをあらかじめ構築しておいたために、最も早く具現化したのは、カーネルである。
「マザー。聞きたいことはいろいろあるが、アルティレクトについて知りたい。また、もう一つ、開道誠樺の失踪や、トリオン研究所の件、さらに六一一事件や直近の地震・東京の更谷署をはじめとする混乱・メタバースの更新とパラレル発狂は、やはりアルティレクトの仕業なのか」
「答えましょう」
すさまじい速さで返答がなされた。やはり、いや当然ではあるが、マザーも融合脳なのだろうと、誰もが結論付けた。
「しかし、時間がありません。手短にします。アルティレクトは、蜂の巣社の英知の結晶でした。ですが、制御がうまくいかずに暴走したため、私が、彼への対抗策として生み出されたのです。そして、あなたが言う通り、トリオン研究所と六一一事件、今回の混乱いずれもアルティレクトが関わっていますが、研究所に関しては破壊したのはアルティレクトではありません。それ以外は、彼の仕業ではありません。また、地震に関しては、人類守護の最重要データを手に入れるため、私が引き起こしたものです」
「貴様! 地震を引き起こしただと」
一気に怒りの感情と力を胸にして、公威は激高した。三貴志とともに飛ぶようにして襲い掛かったが、マザーの像に切りかかることができたのは、誰一人とて存在しなかった。
「し師匠」
「これは、何ということだ」
公威は、則雄の手助けをものともせず、三貴志を一瞥して、依然としてマザーを睨みつけている。三貴志は、糸を切られた操り人形の様をしていた。
「あなたは、ローグのサルタヒコを率いる坂東公威ですね。知っています。あなたのトラウマも、それに準ずる
「パラレルだった、ということか」
「みたいだね」
マザーによって停止・再生を操られるということが意味するのは、その人物がパラレルであり、絶対的には人間でないということだ。知る由もなかった公威は膝から崩れ落ちた。
「とにかく、もう時間がありません。アルティレクトはこの場所も、じきにかぎつけることでしょう。彼の攻撃はハニカムを乗っ取ったところから、もう始まっています。その終極目的は、人類の排除です」
「はあ、どうしろっちゅうんや」
マザーはその不満を感じ取ってか、
「こんな量。ねえちょっとバカじゃないの? 戦えるわけないじゃない」
「この部屋の外へ行きなさい。あなたたちと同じく、アルティレクトに対抗するために集結したアンファンと、その仲間がいます。武器を手に取りなさい。なお私はマザー本体の分身ですので、何かあれば空いている私の部屋に来なさい。私の分身は、ここには八体います」
追い出されるように部屋を後にすると、地下にあるとは思えないような光に満ち溢れた大広間が開ける。その広大な部屋にはかなりの人数がひしめき合っており、また確かにそれぞれが銃火器など武器を持ち合わせている。
「すごいなこれは」
誰かが言った。
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