17.東京五人組 ◆日本国旧東京・世田谷区 NH.TK.sg4990:459ug
――坂東公威
ローグ・バンドーとも。反東京国・反知脳を標榜する
――
「なあ」
「ん」
「あいつら、明らかにあたしらのこと、狙ってるんじゃない?」
「まあな」
旧東京、世田谷区。ならず者たちがうごめくこの地に、先日の傷をすでに癒した二人のつわものが歩く。その圧倒的な強さを持っていることはもちろん外見ではわからないために、盗みの成功を目論むごろつきが尾行していた。
「もし来たら、動けないようにすればいい。来なかったら、無視をすればいい」
「まあそうだね」
そんな会話をした矢先、二人の男が襲い掛かってきた。ハベルと琳瑚は、まるでごみくずを投げ捨てるような手軽さで、襲撃者を行動不能にした。後ろを一瞥もせずに、である。その様子をみた他の者たちは当然というべきか、一目散に逃走していく。二人は何も言わなかった。
そんな沈黙を破ったのは、一つの通信であった。
〈ふたりとも、私のもとへ急ぎ来なさい。私はあなたたちの母親。マザー〉
ハベルがカーネルにいたずらをやめるよう通信しようとしたとき、琳瑚が口を開く。
「また、この声」
「なんだ、俺は初めてだぞ」
〈ええ、ハベル、あなたには、初めて通信ができました。さあ、琳瑚、ハベル。母親である、私の元へ来なさい。この世界から、人類が消える前に〉
「お前は誰だ。俺の母は日本語を話さないはずだ」
「無駄。この声は一方通行だからね」
得体の知れない、むずがゆい感覚。居ても立っても居られないハベルは、カーネルに再度通信を合わせる。
「女の声がした。そっちに通信の反応はあったか?」
〈今私も、その件で話そうと思っていたところだ。これは、まったくもって未知の通信形式だ。というより、既存のどの通信形式も使っていないといったほうが正しいか〉
「琳瑚は、過去にも聞いてると」
〈興味深い。これは私に任せ給え。恐ろしく複雑な暗号化がされているが、通信源を見つけ出してやる。それより、君たちは早く範田君と、ローグ・バンドーに接触してくれるかね〉
「ふーん、了解」
あと、則雄が指定した場所まではざっと二十分前後。坂東は、いつぞやの小柄な青年、則雄が仲介するとのことだった。不良じみた彼が、まさか秋霜烈日たる「マスラオ」の坂東に弟子入りするとは、誰が考えてみただろう。
湧き出てくるをならず者をひたすら蹴散らしながら進んでいたが、ある所から急に気配が消えた。なるほどここらが坂東のシマなのだと、直感的にわかった二人。
「おお、お二人さん毎度。そのー、クレアさんのことはほんま残念やったな」
「まあな」
「ふーん。罠じゃあ、無いようだね。万一そうであっても困りゃしないけど」
「そんな物騒な。俺はもう師匠におうてから改心したんや。信念だけであれほどのお方。まああんなモン相手したくないちゅうのもあるんやけど」
「さっさと案内してくれないか。お前が目的ではない」
「せやな。さ、こっちに」
事の発端は、クレアが搬送された後だった。彼女の端末を預かっていた琳瑚の元に、則雄を介しての通信が舞い降りる。エスペラント代表と名乗るその人物は、ハベルを名指しして会いたいと言った。通信を任せられたカーネルがその理由を尋ねると、「あなたにはわかっているはず。隻眼の
「お前たちが」
「あたしは琳瑚。こっちがハベル」
「私は坂東公威。同胞たちをローグ:サルタヒコを束ねている。そちらはヒュウガ、ウラカン、シンシア」
薄暗い事務所の先に、公威はいた。体は痩躯ながら屈強さがあり、髪は白髪ながらにして長髪。眼光は彼が佩いている刀並に鋭い。エスペラントに会うためにここへ降りてきたが、この男のすごみには、しばしの間目的すら忘れさせるほどのものがある。
「初めに聞こう、二人に、成し遂げたいものはあるか」
「あたしは全国行脚かな」
琳瑚が即答し、ハベルは別にない無いと言い表す代わりに、首を横に振る。
「ふむ、善悪すらない無欲か。面白い」
公威はその言葉と態度・声の調子だけで、心中へある判断を下らせた。彼は筆をとる。書をしたためるその時間が、二人には不可解でどうにもむずがゆく、則雄には恐れ多いものであった。やがて、その厚紙を丸めたものを渡すと同時に、公威がすかさず声掛ける。
「これをエスペラントに。もし各地に点在するサルタヒコの力が借りたい時には、これを見せると良い。君らには隙がないから、不必要かと思うがね」
「なぜこれほどまでに俺たちを信用するんだ」
ハベルが受け取ると同時に言う。当然の疑問だった。公威はほどなくして、その無欲さと、世界を嫌というほど人間中心に見るカーネルの知人であることを理由とした。公威と薄暗い部屋で同じ空間にいることが絶妙に性に合わなかったがためか、その声を聞いた後二人は野外に瞬時に転送されたかのように感じた。
「ねえ、あんたあの男と知り合いだったのかい?」
〈彼は素晴らしい戦士だ。まさに
やはり、くどい。もうあまり話さないでおきたかった琳瑚だったが、
「エスペラントの基地は、うちのもんがこれにいれておいた言うてたから、ほなまたな!」
〈ほう、
結局カーネルとは付き合わざるを得ないのである。いつぞやか、クレアが「見返りなきゃ彼に近寄れない」と言っていたのが想起される彼女だ。タタタと駆けていった小男を、遠く見つめる
ここではところどころ壁が欠けており、土がほろほろ落ち来る。ある所に電源線、またある所には古めかしい接続端子が生えていた。ほぼ洞窟と言って差し支えない。そういう
「ようこそ、どうぞ入って。外は物騒でしょう」
「おい、来たのか!」
アフリカ系の男が一人と、ドイツ系の女が一人。浅黒い二人は古典的で典型的に、白衣を着て迎えてくれた。同時にこれまた古典的な首振り人形が、二人の侵入者に「お帰りなさい」と話しかけてくる。この部屋は、そういうところからしても怪しい雰囲気が漂っていた。
〈カーネルだ。聞こえるか。ここからは私も相互通信で会話に参加しよう。
いつの間にかカーネル通信担当にされていた琳瑚は、言われるがまま机に端末を開く。
「君たちが、ハベル君と、琳瑚君だね?」
「私たちが、エスペラント。いわゆる東京五人組」
〈まさか!〉
二人が自己紹介をする隙を与えず、カーネルが驚きの声を荒らげた。
「カーネルさんはこれ? 初めまして。東京五人組は私ヘレナ・イーゲルと、こっちの」
「BJ――ウィリアム・ジャクソンだ。よろしく」
「それと、この子達。ステラと、ミオ」
「ああ」
一応、ハベルたちも軽い会釈をする。とはいえ、そのSTELLARとMIOたちが、明らかにこのオンボロの「ブラウン管テレビ」と「腕時計型端末」であることに疑問が絶えない。質問をしようとするが、カーネルが話す隙を与えなかった。
〈しかし、聞きたいことは山積しているが、第一に東京五人組と言うなら、浅見涼司博士がいないのが不可解だが〉
東京五人組は、東京で唯一の永世博士たる、開道誠樺に薫陶を受けた人々の集まりとして認知されている。そしてその愛弟子が、今や世界中を覆いつくす人工生体「
「どこからお話ししましょうか。えっとね、まずカーネルさんの言う通り、ここに彼はいたわ。でも、ある時から行方知れず」
〈何! ではなぜ〉
「なあ、ここからちょっと俺たちの推測になるが、いいか?」
力強い声色で、BJが語りだす。
「話は伝説の天才、開道誠樺から言わしてもらう。それで、彼はもしかするとハニカムにとらわれたのかもしれない。あの、クソったれな大企業だ。それで、その超知能を、ハニカムがメタバースの驚異的な性能向上やそのほか諸々の問題解決に活用したんじゃないかってな」
〈彼が、一企業を贔屓して発展させる愚か者とは、到底思えんがね〉
「いや、カーネル君。もしハニカムが、開道博士の脳を融脳にしていたとしたら?」
〈まさか〉
「しかも、彼には愛娘が二人いた。そのうちの名を澪子という彼女は、俺たち五人組の前身、
そこでBJは、いったんのどの渇きを酒で潤す。そのひと時の黙りが、状況の整理に一役買った。
「開道博士、その娘澪子に続き、七年後だ。浅見がいなくなったのは」
〈なるほど〉
カーネルすら、いったん口をつぐんだ。これからどう話そうか、何から質問しようかと模索しているのだ。そのはてに、彼はこう言ったのだった。
〈確かに、短期間で名のある、というよりは開道つながりの人物がこれほど失踪するのは、何らかの暗躍によるものとしか考えられない。普通なら、これをハニカムに結び付けるのは暴論でしかないが、奇しくも、私もハニカムが怪しいと目をつけていたのだ〉
カーネルはそれに続けてハニカムがいかに怪しい存在であるかを語る。その語り口には、まだ東京を味わってから数日しかたっていないハベル・琳瑚両者をも思わず説得させてしまう、ギリシャの雄弁家を思い出す技法が見え隠れした。
〈だが、仮定があらかた真として、最大の疑問はどうやってハニカムが、生身の人間の脳を融脳として手懐けたか、だ〉
「それを調査・解明するのが、あなたの趣味なんじゃないかしら?」
そうなのだ。それを調査・解明するのが、
「そして、お前さんたち、話はそれるが、強化パラレルだろ?」
急に話題を投げかけられ、当事者二人は瞼をひくつかせた。なぜそれがわかったという顔に、BJは簡潔に答える。監視カメラの映像からだと。
「実は、そういうやつらが最近急に現れだしたって、目撃情報が多数ある。もっとも、あんたらはその中でもかなり強いほうだと思うけどな」
部屋一面を、大きな画面が青白く占める。その輝度に目が慣れると、そこには自分たちの姿が映っていた。琳瑚はどこかむず痒い感覚を覚えて消してもらおうとしたが、今は同時に一つの重大な情報を共有するべきだという考えに至った。
「そういえば、あたしらはウナートとかいうとこの駐車場で、男女二人組に襲撃されたんだ。何とか逃げてきたけどさ……、こんなこと記録してるんなら、そいつらに関する情報もあるんじゃないのかい。一人は燕尾服で、もう一人はどでかいブーツ」
「相手は、あなたたちが逃げるほどの実力? そんなパラレルがいることが驚きだけど。燕尾服ね」
〈それについては私も目下捜索中だが、まったくもって見つからん〉
しばらく機器を操作する洞穴の住民。だが結果はゼロ。とはいえ、と切り出したのはBJだった。
「あんたらがあのローグ・バンドーに認められた理由もなんとなくわかる。まあ、一言で言えば、素顔がわからないが、いいやつだ。もしよければでいいんだが、カーネル君と、ハニカムに盾突いてくれるか」
二人が頷く間もなく、その問にはカーネルが承諾していた。
「決まりだな、そんじゃ、連絡先は」
「これでいいか」
「ああ、ごめんね、いろいろ最近物騒なものだから」
そういって、ヘレナは例のブラウン管テレビを机に置いた。
「ステラ、さっきも紹介したっけ。これね、私たちがもう三、四十年前に作った、当時としては世界初の強い知脳なの」
「結局俺たち開発陣や研究は、もろとも世論に押されてパーになったんだがな」
「ええ。けどやっぱり私たちの最初の成果物だし、私が手塩にかけて育てたものだから、愛着がわいて。それで自律思考系だけ抜いて、持ってきたの。ほんとに有用なのよ。
ああ、ごめんなさいね、話が長くなって。じゃあ、このSTELLAのマスクIPを教えるから。カーネルさん?」
〈ふむ、任せたまえ〉
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