7.警灯が照らす夜道 ◆東京国・並郷高速・目郷出口 TK.TN.msE4385:s3945
全面通行止めとなった戸並―目郷間地区間高速には、原因となっている一台のレッドウィングと五体の残骸、そして取り調べに現れた目郷署の警官及び警察車両を取り囲んで、足止めを食らった無数の不幸人によるけたたましい怒鳴り声が延々と響いていた。
時代が変わっても人間の苛立ちを垂れ流しにしたような不快なこの音は相変わらず、竜の森でけたたましい鳥の鳴き声を難なく聞き流し続けていたハベルでも、この音には堪らず顔をしかめる。
そんな中クレアはずっと、クラクションの音にも負けない音量で叫び続けている。
「どいてっ、どいてよっ!」
警察車両に混じって一台だけある
「駄目ですよ、コールマンさん」
「何でよ! 私はあの子の主人だってのに!」
「まだ取り調べが済んでませんから!」
「だーかーら、正当防衛だったって何度も何度も言ってんでしょ!? 殺されるとこだったの! 何? 私たち、知脳の任務遂行の為に粛々と死ねばよかったっての? えぇっ!」
「い、いやぁ、そんなことは」
「だったら引っ込んでて」
と、猛るクレアの耳にすずしろのか細い声が、ごちゃごちゃした雑音を綺麗に縫って届いて来た。
「ご主人、僕なら大丈夫です」
「すず! でもっ」
「こ、こんなの、もう慣れっこですよ。えへへ、ご主人、いつも無茶ばかりするんだもの」
担架の上からクレアを真っ直ぐ見つめ声をかけるすずしろは、四肢が無いせいか、いつにも増して小さく見えた。
「すずしろ。ごめんね」
クレアは思わず本名を口に出し、かすかな音量に言った。ドールの耳はそれでも、主人の声を拾ってくれる。愛玩生体たる彼は何も言わずにただニッコリと微笑み、見送るクレアの目をジッと見つめ返す、もげた腕を小さく揺すっていたのは、手を振っているつもりだったのかも知れない。爆風にもぎ取られた腕はただ欠けただけ。ドールから血は流れない。理由は一つ。不要だからだ。
唇を噛むクレアの肩に手が置かれる。覚えのあるいやらしい手つきからすぐに相手を判別し、顔も見ず振り払った。
「触らないで頂けます?」
「ケッ、何だよ。つれねぇな」
確認のための振り返りざまに、角栓だらけの大鼻が見えてしまった。クレアは、ただでさえ不愉快な顔をいやらしく歪めて自身を見下ろす悪い上司:ノーマン・キャンベルを一瞥しただけですぐに目を離し、その後ろに細い肩を竦めて立つ良い上司:跡部逸郎を見つけると、一気に表情が明るくなった。
「跡部さん! 来てくれたの?」
「俺が連れて来てやったんだ」
頭上から聞こえるキャンベルのダミ声を無視して駆け寄るクレアに対して、跡部は疲れ切った心身を奮い起こし、どうにか小さな笑顔を作った。
「またやったな? クレア」
「ご、ごめんなさい。でも、今回は仕方なくって、どうしても」
「あぁ、分かってる。別に何だっていいんだ。尻拭いくらい気前よくやんなきゃ、俺の仕事が無くなっちまう」
「でも、今日は朝から飛んでたんでしょ? 私の代わりに」
「はは……。ま、しょうがないさ、休暇は権利だから。ほれ、事情を話しな」
「大した上司だなぁ、おい? これで下心がなきゃ完璧なんだが」
いつもながらの跡部の温情に感じ入るクレアに対し、キャンベルの下劣な野次が飛び交う。
「跡部でどうにもならなきゃ、俺が出てってやるよ」
「事情を聞くから黙ってろ」
「ククッ、女の前じゃ強気だな青びょうたん。いいぜ。思う存分調子に乗れよ」
「跡部さん、私の車に」
「あぁ、そうだな」
「なんだお前ら、車か? カーセックスか? おい!」
跡部も遂に、キャンベルの方を見ようともしないクレアに倣うことにした。
「言っとくが今回は本署沙汰だぞ」
上空に厳かなYの字の機体がくっきりと見える。その浮遊体の大きな音と共に到来したチャンスに、キャンベルの唇はさらに渇きを増す。思わず舌なめずりをした。
人工の夜の闇に包まれた大渋滞の高速道。そこへ整然と作られた警察車両の円陣の中心に、豊守本署のY型
開かれたドアから、短銃を威圧的に携えた数人の武装警官が素早く踊り出た後、黒一色のスーツに身を包んだアジア系の美女が悠然と歩み出る。女はクレアと跡部の姿を見とめると、真っ直ぐにそちらへと歩を進めた。愛想笑い一つ浮かばせず、長い背筋をぴんと伸ばし、ツカツカと一定の足取りで、素早く。
「豊守本署刑事局課長補佐・
目の前に立った王は、男性としては小柄な部類の跡部よりも長身だった。
切れ長の瞼から覗く黒い瞳と後ろで括った濡れ烏の長髪は、身に付けた如何にも高級そうな黒スーツに劣らぬ気高い輝きを放ち、淡い紅に彩られた形の良い唇から発せられる声は艶やかながら、怜悧冷淡そのもの。
「あ、はい、えー、ゴホン! え、更谷署刑事部サイバー課、課長の跡部です」
クレアは「駄目だこりゃ」という語句を、口をついて出そうになったすんでのところで飲み込む。一応階級は上であるはずの跡部は、すっかり彼女の発する空気に呑まれてしまっているからだ。
どうにか気を取り直して名刺を取り出し、あくまでも跡部から視線を外さず、こちらの顔を見ようともしない王に向き直った。
「同じくサイバー課、クレア・コールマンです」
王はちらりとクレアを横目に見下ろすと、一瞬瞑目して軽い会釈をしてみせた。慇懃無礼の四文字が何より当てはまる。
「王課長補佐」
だが、これ以上跡部に迷惑をかけるわけにはいかない。クレアはその思い一つで、おそらく年下であろうこの上司への苛立ちをどうにか堪えた。
「この度、私の捜査妨害とリエール研究所の
「結構」
王は突き刺すような鋭い目でクレアを射抜き、突発的な掌に添えられた一言で申し開きを遮断する。
「跡部課長、今クレア主任自ら仰ったこの大失態……、如何に重大なものかは当然わかっておいでですね?」
そして返す刀の切っ先を、そのまま跡部の首筋に突き付けた。
「え、えぇ、無論です。し、しかしですね?」
「どう分かっておられるのですか」
「は、はい?」
そこで王は足元に目線を下げ、聞こえよがしでわざとらしい長く大きなため息をついた。それで沈黙を強調したあと、眉を顰めて露骨に苛立ちを見せつけつつ、一層事務的な態度で告げる。
「目郷署による暴走車両追跡の妨害と、リエールの
「あ、跡部さんはほんの数時間前までっ」
「上官の会話中はに口を挟まないよう」
「な、何よっ、この」
「クレア、よせ。黙ってろ」
王は眉一つ動かしていない中で顔を真っ赤に上気させるクレアを、普段よりも青くなった跡部が制する。
「やっぱり跡部じゃ駄目かぁ。くっくっくっ」
王が切れ長の目を一層細めて、二人の背後から大仰に進み出て来る大男を見上げた。
「キャンベル」
「やあ、王。久しぶりだな。どうだ調子は」
無言。王は答えない。キャンベル参事官は薄気味の悪い微笑を浮かべつつ、無遠慮に王の間近まで歩み寄った。
「愛想がねぇな。クレアにはやたらと礼儀を求める癖してさっきから何だ、その口の聞き方は? 跡部は上官だぞ。無論、この俺もな。挨拶には元気よく応じるべきだ。それとなぁ跡部」
キャンベルはやけに親しげに跡部の細い肩を抱き寄せた。跡部は眉を顰め俯き、嫌悪感を露わにする。
「なんだよ」
「お前はもっと威厳をもって接しろ。そんなだから目下にナメられるんだ。なぁ、クレア?」
「要件をお聞きしましょう」
王は最早、キャンベルしか見ていない。対外折衝は本来参事官の職掌だと割り切ったのか、或いはこの場で最も手強いのはキャンベルと踏んだのか。
「おう、要件は他でもねぇよ。今回のクレアの失態はまぁ、言うなれば事故だ、事故。行政支持で無理やり押し付けられた日本のクソガキを送迎する最中でな」
「押し付けられた?」
「あれだよ」
キャンベルは顎で件の車を指し示す。王は、車内でただただ取り囲む警官を睥睨するハベルを視界に捉えた。
「あぁ彼ですか」
「何処の馬の骨だか知らんが、何にせよ警察の預かり知らんところで勝手に進められた話だ。それにな、リエールのあれをぶっ壊したのは他でもねぇあのガキなんだとよ」
「えぇ承知しています」
「だったら話が早えじゃねぇか。あいつに全部ひっかぶせちまえばいいんだよ」
「なっ!」
「ハァ」
キャンベルが大上段から発したつもりの言葉に、クレアが猛り、王はため息。そして、
「そんな話、到底認められません」
二つの脳が共鳴した。篭った感情は真逆で、意味も微妙に違う言葉だ。
跡部が思わず吹き出し、慌てて誤魔化した。一方困惑したのは、当てが外れたキャンベル。
「な、なんだてめぇら。何言って」
「全く。何も理解しておられないのですね」
「何だと? この野郎、上官に対してなんだその物言い」
「警察には彼を裁く権限がないのだよ、キャンベル君」
突然上空から響いた声に驚いたのは、名前を呼ばれたキャンベルだけではない。跡部も王も、その場にいた全ての警官が、そして渋滞に足を取られた市民たちが車から降り、声の主を見極めようと夜空に目を凝らす。
警官たちがかざした光線に浮かび上がったのは、五メートルほどの彼の
「クレアさーん! 無事ですか」
「グエンちゃんっ! 私は無事! 怪我はない!?」
「大丈夫です」
安堵のため息を漏らすクレアに、彼が音質の悪い拡声器で声をかける。
「おっとクレア。私を呼ぶなよ」
「分かってっての」
彼の名前「カーネル」は、ここでは禁句にもなる。
高度を保ったまま停止しているイエローハルグレン側面のハッチが開き、内部に腰掛けたカーネルが飛び出して来た。それはゆっくりと、実にゆっくりと高度を下げ、やがて黄色い機体に吊り下げられたバイクの側面で止まった。
「グエン、後ろに乗れ」
「えぇ。でももっとマシなもの出してくださいよ」
「うるさいぞ。文句があるならずっとそこにいろ」
「はいはい、分かりました」
グエンはブツブツとぼやきながら、カーネルが腰掛ける遊戯座型の座席の後ろに用意された、小さな後部座席に腰掛けた。
大量の水蒸気が特別間抜けな音を立て、機体の底部から激しく吹き出したそれが高速を覆う。カーネルとグエンは二十秒かけてその靄に降り立つ。無数の警官と渋滞に立ち往生する市民ら、その全ての視線を浴びながら。
「いやはや。全く足の踏み場もないな。天下の未来都市・東京国警察が交通事故の処理に何人がかりだ? 彼らに恥という概念はあるのかね」
「この状況でよくその台詞が出ますね。御見逸れしましたよ」
「そう褒めるな」
師弟は軽口を叩き合いつつ飛び降りると、自ら作り出した靄まみれの衆目を飄々と進み、問答をやめて群衆の一部と化したクレアたちの前に立った。
「やあクレア。待たせたな」
「話しかけないでくれる。知り合いだと思われたくないわ」
「酷いですね、クレアさん」
「や、や、違うのよ。グエンちゃんは別っ! ありがとうねぇ、さっきは」
「おい」
慌てて取り繕うクレアの言葉を遮りカーネルの前に進み出たのは、キャンベル。
「てめぇ、今更何しに来やがった」
「おぉ、久しいなキャンベル。このスチームは肌に良い。暫く止まっていればその不潔極まりない鼻も多少は見られるようになるかも知れんぞ」
「黙れ、キテレツ野郎! ここは捜査関係者以外立ち入り禁止だ。しょっぴかれたくなけりゃさっさと」
「まぁ待て。やあハベル君!」
カーネルは絡んでくるキャンベルを片手で制しつつ、目を青くさせると大声を出した。
「東京国へようこそ! 入国早々散々な目に遭ったな。私はクレアの隣人のハルグレンだ! 君には聞きたいことが山ほどある! 後でゆっくり話そう」
跡部がその方向へ目を凝らすが、人影はおろか車体すら靄の向こうに微かに影が見える程度。それでもカーネルはハベルからの何らかの「返答」を受け取って、軽く手を挙げ微笑んだ。怪訝な表情でそれを見守る跡部に、クレアが助け舟を出した。
「こいつの目、知ってるでしょ」
「あぁっ、そうか」
「ん、おぉっ、跡部か。影が薄くて気付かなかったぞ。いやぁ、いよいよもって二つ名に相応しい顔色になったな」
「やかましい。それよりお前、今はだな」
「お喋りしている暇はないんですよ、元更谷署調査官さん」
跡部に気付いて上機嫌に話すカーネルに、王が冷や水を浴びせた。背後には二人の武装警官を従えている。
「ほう? 私をご存知かね、鉄の女、王志玲。噂通り可愛げの欠片もないな」
「えぇ、多少は知ってる」
小虫ほども動じずに、いつもながらの無礼な台詞を悪びれずに言い放つカーネルの態度へ、王は負けじと応じる。
「コードネーム・ハルグレン。自称・世界最高の生体知能。クラッキングの腕を買われ東京国警察発足以来二人目の外部協力者として官職を得るも、ろくな功績も挙げないままに、妄言のような捨て台詞を吐いて退官。無駄に警察の機密を持ち出した一般人として未だに要監視対象とされている、好き者の危険人物」
王は一呼吸置き、笑顔の消えたカーネルの表情を見やる。
「癪に触る言い回しがお得意なようだ」
「それは結構。私は警視庁長官ミツルギの名代としてここへ来ているのです。粗末な官職すら捨てた貴方は、捜査現場へ突然侵入して来た不審者に過ぎない。礼儀など不要。立場の違いを知りなさい」
言い捨てる否や、後ろの武装警官にそれらしい目線をやり、顎をしゃくった。
「連行を」
二人の警官がカーネルにパルスガンを向けつつ素早く距離を詰める。同時だった。
「下がれ大馬鹿者ども」
カーネルの左目が鋭い光りを放ち、怒りの充満した形相が映し出される。警官たちは小さく呻き、思わず尻込みした。
王は表情こそ変わらなかったが、背中には冷や汗が滲んでいた。カーネルはその動揺を瞬時に見抜き、標的を王に変えてまくし立てる。
「立場を知らんのは貴様だ、王。どうしようもない間抜けめ。自覚のない馬鹿ほど不愉快なものはない」
カーネルは、一言も言い返せない鉄の女に鋭利な眼光を浴びせつつ、上空に留まり続けるバイクを指した。
「あのバイクのレコーダーにはな、警察による横暴の記録がしっかりと残っているのだよ」
クレアはふと、異変に気付いて周囲を見回す。いつの間にか、高速にいる全ての警官たちが自分と同じように、カーネルと王のやり取りを見守っていたのだ。張本人はそれを意識してかしないでか、左目から放った光を空中に当て、そこにどの角度からも見られる
視点は、十数台の警察の無人車両を引き連れて高速を走る、グエンのリングバイク。高速の外を流れ行く景色からして、この現場とは相当離れた場所を走っていることが分かる。ここまで来れば十分と、グエンはバイクのバックランプを点滅させて「降伏」を意味する信号を発し停車。警察車も決まり通り信号を「攻撃」の赤から「警告」の黄色に切り替え、停車した。しかしグエンが両手を上げてバイクを降りると、あろうことか再度警察車の信号が赤に変わり、光線銃が攻撃前の発光を始めたのである。グエンは瞬時にバイクの後ろへ下がり、容赦なく撃ち込まれる光弾を躱す。
ここで映像が途切れた。
「まあこんなところだ」
高速に沈黙が流れた。警官たちは当然、映像の中でとった警察車の異常行動を悟り、互いに顔を見合わせた。
「警察に箝口令を敷けば、この事態は外には漏れない」
王は気づいた。渋滞に足を止められる市民たちのクラクションが鳴り止んでいないことに。それに部下は動揺をわかりやすく態度にしめしている。
「折良く霧が立ち込めていて助かったな」
「フン、意図がよく分からないわね。不審物として押収させるわ」
「もう遅い。これは私のメインドライブと同期している。その気になれば瞬時に世界中に拡散できる。知っているんだろう? この端末が何か」
「いくら脅しても無駄ッ!」
王は遂に堪えきれず声を荒げた。
「これはリエール研究所と警察の信用問題。貴方がいくら私を介して警察を脅そうとリエールは絶対に」
「ふー、何を言いだすかと思えば。どうやら無能はお前一人ではないようだな」
「何を!」
「グエン」
「はい」
カーネルに促され進み出たグエンが、王に小型テレビのような端末を差し出す。
「これは」
「立体ビジョンで映すには、少々刺激の強い映像なので」
王は怪訝な表情を浮かべながらも端末を受け取り、開いた。と、その瞬間。
「う」
目を剥き口を抑え、驚愕の声を漏らす。肩は小刻みに震え、少し前までの機械的な冷静さは嘘のように消えた。
「分かってると思うが、それはリエールの研究員たち、いやだったもの、だ」
「い、一体誰が? こ、これは録画映像、いつの」
「誰かは知らん。録ったのはそれほど前でもないが、たった今でもない。少なくとも、ハベル君が豪快に破壊したあれが研究所を出払ってすぐの段階で、もうこの状態だった」
王は常軌を逸した惨状を目にした衝撃にまずやられ、さらにそれが今後自分たちに与える影響に怯え、わなわな打ち震えた。が、カーネルは容赦しない。
「暴走車の処理にいつまでもかかりきりになり、交通封鎖を怠ったばかりに敵にせずとも良い相手を敵に回し、挙げ句の果てに無関係の研究所のセキュリティシステムを拝借して、招いたのがこの惨状だ……。呆れるよ、君たち警察の犯罪的無能ぶりには。さぁ、どう責任を取る。ミツルギの名代」
王の震えが止まり、魂が抜けたかのように脱力した。機械的冷静さを取り戻したわけではない。あらゆる反撃の手を封じられ、完敗を確信して捨て鉢になってしまったに過ぎない。
「……退け」
引き連れた武装警官たちに小さく呟くと、戸惑う彼らを置き去りにする王。彼女は重度のめまいを輸送
「公人が市民と話す時は常に国際社会全てを相手にしていると思え。もちろんアマテラスも、だがな」
小さくなった女の背に、カーネルは権威知能の名まで召喚して説教を浴びせる。悪意などかけらもない。ただ言うべきと脳がはじき出したことを言うのみである。
次はクレアに向き直った。
「私はハベル君ととりあえずぎりしあ荘へ戻るが、君は?」
「警察の包囲も直に解けるだろうし、このまますずしろの付き添いに行くわ」
「そうか。では行くか、グエン」
「先生。私も行きます」
「な」
「えぇ、いいわよ。連れてくわよ、ハルグレン」
「ふ、まぁいいだろう。ただし」
「帰ったらバイクの修理を一番に」
「ん、よろしい。ではまた後ほど」
言うが早いかカーネルはすぐに身を翻して操縦席に腰掛け、再び猛烈に水蒸気を吹き出して飛び去った。
クレアは暫く黙ってその様子を見ていたが、狭い出入口でもたつく彼に放った。
「ねぇっ」
「んん、なんだ」
「今回ばかりはありがとうねっ!」
カーネルは軽く眉をあげる。「聞こえんな」とでも言わんばかりに首をひねると、取り落としかけた操作部を慌てて整え、体ごと倒れこむようにしてイエローハルグレンに収納した。
倒れ込んだ痛みに悶絶していたのか黄色い飛行船は目立ちに目だったまま十秒ほど浮遊するだけだったが、やがてゆるゆる動き出す。
宵闇の暗さを払拭するために飛びまわる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます