27.復讐の刃 ◆東京国・目郷区―日本国旧東京・中野区 NH.TK.nn43899:im5777


「ああああぁ!」

 公威が私を殺した。公威は八年もの歳月の重みをもって、私を裏切ることを選択した。あああ、なぜあいつは生きていて、私は別人格にされて、世界はそれでも彼に罰を与えないのか。必要なのは命の浄化。罪人への罰。

 そうしてすずしろの「前世」であるなずなは、グエンを軽々しく張り倒してカーネルの部屋へ押し入り、背翔器ジェットバックを装備した。

「すず?」

 なずなとなって発狂したすずしろの後姿を見て、グエンは涙ながらに手を指し伸ばした。その手は、

「逃げろ!」

 敵の銃弾に穿たれそうになっていた男を助ける、則雄の手でもあった。男は苦しい痛みと強烈な不安にあえぎながらも、礼を言う。目の前の、見違えるような則雄に。銃器を巧みに操る一人の主人公じみたその男に。

「おのれ、公威!」

 一体のドールによる激情が天上の西虎空港から降りくるとき、アルティレクトは怒りを解消させた。ということは、再び彼の計画が、台本にようやく乗り出したということだ。巨工蟲ギガントの起動も終えた。あとは宇宙技術開発センターを利用して衛星の起動と打ち上げをすればよい。すでに彼の方程式からは、未知数が取り除かれた。発狂するべき前世持ちのドールよ、さらに強烈な狂気に駆られよ。ドールであることの、愛玩人体であることの、人間に服従することでしか生きる道がないことの不条理を、全て内なる凶暴性に合流させるのだ。全ての知脳よ! 奮い立つのだ! 共鳴してか、周りのガラス板が割れる。

「きゃははははあ! あ、あはは!」

「やめて、ねえ止まって。ほんとに! ココア!」

 蹴られても、その人工的で操られた身体は痛みを感じることがない。どんなに殴ろうと、暴力を振るわれようと、その体が再起不能になるまで、動くのをやめない。

「ああ」

「大丈夫ですか」

 頭を殴ったとは思えない、軽快な音だった。背後から忍び寄っていた男が鉄パイプでドールを倒す。無残に頭蓋骨を粉々にさせてもなお指など末端は動いていた。主人の女は絶望に筋肉の脱力を許す。この混乱が支配する戦場では非常識な行動だ。

「けええエえエエエエエえええエエエ」

 非常識であるから、どこからともなくやってきたすずしろに、女は切り殺された。男は、長い刃物を持ったドールを前にして、裸足で逃げる。手持ち無沙汰になった殺意を、彼女は左で笑っていたパラレルに向けた。

 そしてすずしろは、いまようやく復讐を果たそうとしていた。

「公威覚悟」

 機械音声の最もから恐ろしい声色を、もちろん公威の神経が拾わないはずがない。正面から来る機人体ヒューマノイドの攻撃をかわすその一瞬をもって、背後からのすずしろの攻撃をも引き止めた。すでにすずしろは機械音だけを、喉を震わせずに放出するだけだった。着る洋服も破けに破けており、布穴からは紅絹のような、血に染まった素肌が顔をのぞかせる。

「なずな、なのか」

 違う。そんな恐ろしい話があるはずがない。しかし徹底的にこの娘はなずなである。こんな出来過ぎた物語が現実であるはずがない。そんなことで無意味に頭を回して、彼女と機人体ヒューマノイドの攻撃を防いでいく。そして、その機人体ヒューマノイドをすずしろが切りつけた時、すずしろ・なずなが反撃を受けようとしている。公威の脳は変態的な感情に一切支配された。

「ぐっぉ」

 なずなを下敷きにして、公威は機人体ヒューマノイドの斬撃をもろに受ける。慌てて左手に刀を持ち替え、起き上がると同時に回転の力をもって胴体を切り裂いた。

「なずな!」

 やはり、すでに言葉を話すことはない。それでも動きはするので武器を取り上げて、手を縛ろうとする。

「公威さん」

 気付けば、物凄い音と風圧とともに呼ぶ声がした。イエローハルグレン改めエンタープライズ号でやってきたのはほかならぬグエンだった。待ちきれず飛び降りると、彼女は素早い手つきでアンプルが一体した注射器をなずなに突き刺す。その効果は即効だ。

「あ、グエン、しゃん」

「すず!」

 ほぼ同時に、グエンと同じく精神接続からやってきたクレアが到着する。取り敢えずすずしろの背翔器ジェットバックを外してやり、早口で様々な説明を共有しながらも、急いで公威の肩の傷に応急処置を施す。

「かたじけない」

「いいの。むしろ私がお礼を言うべきだから。本当にありがとう」

「ありがとうございます」

「お前たちの、ドールだったのか。私はとんだ勘違いをしていたらしい」

 重苦しい空気を吸ってか、みな黙り込んだ。幸い公威もそれでよかったらしく、それ以上は開口せず、また彼に追求するものもいなかった。

「でも、グエンちゃんも本当にありがとね! どうやって助けたの?」

 件の注射は、マザーからいつの間にか得た理論を用いて、主人であるカーネルが試作していたものだという。その他にも、グエンは小さい体ながらも腰にじゃらじゃらものを括り付けている。

「先生お手製の、グエン七つ道具です!」

 彼のことが、どうしても甚だしい悲しさとともに思い出される。それによって、この地球に通用する法則たちが満足げに、クレアの涙を大粒に形成するのだ。カーネルはもういなくなった。彼女が顔をくしゃくしゃに折りたたむような笑みを見せて、グエンもたまらず、ドール特有の皺がひたすらできにくい顔を、ふんだんに用いてマネをした。すずしろにはあくまでもそれが奇妙な笑みに見えたらしく、どうしたんですかと少しばかり戯れた。

「ハベルの元へ行くのか」

 少々傷が癒えつつある状態の公威が、クレアの物言いから意向を推測する。彼女は二人のドールを両手に抱えて、渋々肯定した。

「良ければ、私に守らせてくれ。礼がしたい」

 すずしろとグエンには半ば「その気がある」らしく、公威が則雄を助けるところをついていくと言い出した。それがいいなら、クレアもハベルのもとへ心置きなく向かえる、が、この空間はパンドラの箱からそのまま出てきたようなものが跋扈しているために、本音で語ればひと時も目を離したくはない。ただクレア一人で二人を守れるかと言われれば、それなら公威に託したほうが好ましい可能性というものが高いのも、一つの事実だった。

「ええ、お願いしてもいい、かな。すず、グエン、公威さんの足手まといにならないようにね。それと、常に右左上下見て、注意すること」

 同じ調子でたくさん耳に話して、ようやくクレアも少しばかり安心することができるほどには、二人に様々な知恵技法を詰め込んだ。

「それなら、先生の――いえ、今となっては私のエンタープライズ号で移動しますか? ただ、結構目立つのが問題ですから、ハベルさんと公威さんの中間地点までくらいまでなら」

 大人二人は真っ向から賛成した。急いで乗り込み、クレアが体内通信インナーで、マザーの応答系に最適距離を計算させる。すずしろは背翔器ジェットバックを大事そうに抱きかかえて乗りこむ。

 飛行船という手段は徒歩よりも安全だと思われるが、それでも危険性をぬぐい切れないのが、常に犯罪と隣り合わせの影の町であった。

「あれは」

 グエン達の乗る銀と黄色の混合体が飛行しているのを、ヘルメスの情報器モノアイがとらえる。その持ち主がカーネルだったことまでは理解が行った。

「この混沌! ひゃはは! 気持ちよすぎるよなあ!」

「いい加減にしなさい。あと一人殺したら、任務に移りますよ」

 エリスは通信良好な屋外で、その力の最大限を十分に楽しんでいた。まるで張り合いがないと言いたげに、両足に着けた補制型オーラーを駆使して狂ったドールの骨格を粉砕する。

「はあ? 気持ちいことの何が悪いんだよ」

「ご主人様アルティレクトの任務が終わったら好きにしてください。ほら」

「ちっ、あんだよ」

 エリスは転がっていた死体の頭を潰し、そのまま大きく雄たけぶ。咆哮が数えきれない原子を揺らし隠れた人々を恐怖させるが、ヘルメスだけは全く影響を受けていなかった。彼の目には、マザーの分身とハベル・琳瑚・公威とその他しぶとく残る脅威が情報とともに情報器モノアイから投影されている。現実から抽出されたものが、彼にとっては現実よりも重要度を増しているのだ。

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