26.勇むカミカゼ ◆日本国旧東京・世田谷区・マザー基地 NH.TK.sg4923:M362ug::BsomtrsΓ


 アルティレクトにカーネル、そして世界の滅亡。そんなものは信じないという人もいた。しかし事実として実害は目の前にあるのだし、アルティレクトが実在しないとしても、その影響力はすさまじかった。人々の生み出した混沌は途轍もなく、事実上の基準として、アルティレクトは確かに民衆の頭に君臨して存在している。

 窓を開けてみればよい。今や東京も旧東京も、ジャカルタも上海もニューヨークも同じ有り様だということがわかる。もはやこれまでに生じた様々な悪事や事件は皆アルティレクトという悪の知脳のせいになっていたし、それが正しいとしてもそうでなくとも、ありとあらゆる機人体ヒューマノイドやパラレル・ドール、そのほか暴走した知脳体によって、人々は敵として切り刻まれるなどしていた。いや、人間だけではない。狂った知脳はパラレルをも傷つける。人とパラレルは変わらないのだ。その見た目と機能にさほど違いがないのだから、それらに害を及ぼすという意味も同等となる。

「発射!」

 磁導砲レールガン――こんなにも静かな兵器が、轟音をとどろかす大砲よりも優れた飛距離を誇るというのが、科学というものの力である。世田谷区地下にあるマザー基地に残った数少ない自警団の内、数人はいまだ燃え盛る戦意を、この磁導砲レールガンをもって発散させていた。

「嘘だろ」

 誰かの声に、皆頭を上げるか振り向くかする。スクリーンにはアルティレクトの新しい軍勢による最初の進撃が映されている。とうとう始まったという情報が、実際に始まったとやや同時に届いていた。

「則雄!」

 あの公威が目を丸くした。クレアが、それも含めて驚く。スクリーンの、これ見よがしの戦況映像と、これ見よがしとは程遠い、泥臭い則雄。しかし最前線で、最も勇敢になって抵抗しているその底力には、目をそむくことが失礼に値する程度の訴えが根付いていた。

「さらば友よ。短い間ではあったが、自分の愚かさに気付かされた、貴い時間であった」

「ちょっと、あそこに行くの」

「勝てる可能性は皆無だ」

 まさに、スクリーンが示すのは現実だけではなく、未来を憶測する材料もそこにある。勝利の不可能性が色濃いにもかかわらず公威は行く。それが人間である。人類とはこういうものだ。三貴志のウラカンに、辞世の句を託す。帯を固く締めた。

「弟子と剣を並べられるなら、死もまた本望」

 その決意は愚かさを感じるほどに固かった。クレアもハベルも、何も言わない。

「琳瑚、来るか」

 髪も揺らしながら、彼女はまだ心もとない力で、首を横に振った。その目は、誰にも見えない。公威は、これまた何に対しても、何も言わない。まだ歩いていないが、戦へと着実に進んでいる。ハベルの心には、今頃妙に不吉な感覚が出てきた。しっくりいかないのだ。

「よろしい。ならば、悔いの残らぬ戦いをせよ」

 坂東公威、彼は暁美という名のシングルマザーによって育てられ、さらに厳格な祖父である逸徹によって教育を施されてきた硬骨漢だった。幼少期、母に買ってもらったドールのなずなを姉として慕っていたが、六一一事件で彼女は発狂し、公威は自己防衛のため、自らの手で彼女を殺めた、いや壊していた。それが彼によっての最大のトラウマで、彼の心情を形成する最も大規模な要因であることは間違いない。

 六一一事件を隠蔽した東京国や日本国・アラブ連邦に不信感を抱いた末、自らの殺人を正当化するために彼は知脳やパラレル類を毛嫌いしている。科学技術の利便性により様々な物品がブラックボックスとなり、人々は科学のペットと化した、彼はそう考える。「人間復権」を掲げた自警団レジスタンス「ローグ:サルタヒコ」を先導したのも、全て知脳を利用し、知脳を飼いならしたと信じるうつけの輩が、実は知脳に飼いならされていたことを知らしめる為であった。

 だから、一人残った三貴志のヒュウガとともに、彼は戦地へ赴く。これでもかと、力強く電子日刀カガタナを握りしめたその背中は、異様な殺気を放っていた。人を殺すものではなく、明らかに自分の死が前提の、特攻の殺気カミカゼだ。

 物騒さの中にどこかわびさびが漂うその背中を、ここに残る人々は鼓舞の背中と見たらしい。その人数には広すぎる空間に、人体の熱気が溜まってきた。

「俺たちも、そのために召集されたんだ」

 一集団が、そうして公威の後に続く。次に続いたのは赤髪だ。

「今はまだ、悔いが死ぬほどあるよ、あたしには」

 ぶつくさ口に出すことで、彼女は意志整頓をする。しばらくして思い出したように静かになると、彼女はアルティレクトの説得という、理論上は最高の目標を打ち立てるのだった。

 唐突に立ち上がると、彼女はひそかに通信を使って、クレアに耳打ちをした。ハベルの傍にいてやれ、と。そうだ、見ればわかる。いつの間にか、いつか見た顔・見飽きた顔・新鮮な顔ぶれもどんどんと姿を消して、残るのはもう足し算を知らない幼児にも数えられるほどの人数だ。

「お前は行かないのか」

 ハベルが、意外にも自主的に言葉をもって尋ねている。まさかと、彼の目や口を見てみるが、彼がそう話している。

「できれば離れないでくれ」

「うん、そう」

 だからクレアは沈黙の代わりに、一つ、彼女の思うところを話すことにした。その道以外もとよりなかったのだ。

「私、自分の特徴というか、主張? のなさが、コンプレックスで、たぶんそれで、ずっとカーネルについて行ってたんだと思う。彼、真反対の人間でしょ? しかも私はパラレル」

 分析的な本論に、パラレルであることを自嘲気味に付け足した。そうしてすぐに、ハベルもパラレルであることを記憶に浮かばせ、必死で彼女にとっての失言を取り消そうとした。そうしたかったが、クレアが精神接続をしているすずしろの異常が彼女にもすっかり伝わったことで、すぐさまあらゆる気持ちが一新された。

「すずしろが、もしかして!」

 何度通信を遅れど応答はない。ようやく乾いたと思った冷汗が、これからが本番とまたもや滴る。

「ねえハベル、あなたもマザーから言われたところへ行って。それからまた、絶対に会おうね。そしたら今度こそ離れないでいられるから」

 頷かれた気がした。もうすでにその認識までもが危うくなっているが、それでも彼女はすずしろの救出に、全力を尽くす。


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