25.シンギュラリティ2083 ◆日本国旧東京・杉並区


 暴走知能、あるいは救世主。それは先ほど絶命したカーネルへの、民衆から贈られた称号だ。徹底的に憎まれ、それでいて崇められる彼は、死後数時間で間違いなく偉大な影響人インフルエンサーになっていた。その影響は疑いようもなくアルティレクトに届いているために。計画の修正を図る悪の超知能は、まさに、人類一掃とマザー破壊のため、手下の大群を膨大な量、誇らしげに派遣していく。

「もう、逃げられないなぁ、範田則雄。これまで散々、ヤベーことしてくれたじゃないの」

 外界の情報を知るものが少ない影の町ですら、人々は世界が終わるといって混乱を引き起こしていた。その騒乱に、日輪の会やそのほかヤクザ集団は厄介なことに水を得た魚となる。

「なあ、勘弁」

 則雄は、無意識に赦しを乞う意味を話していたことに驚き、いきなり閉口する。生きることへの執着を忘れたわけではない。ただ、ローグ:サルタヒコを破門されたことが、何より心を痛めつけ、脳を弱らせた。

「会長は、お前を見つけ次第殺せ、と。でもなあ、下っ端の俺らは、テメーにめちゃくちゃされてんだ。ちょっとは、いたぶらせてもらわねえ、と!」

「あああ、っつ!」

 則雄を取り囲むヤクザ集団のリーダー格が、吸っていたタバコの先を則雄の額にひたと接触させる。彼は大男二人組に固定されているため、ただ足をあがかせるだけで抵抗は終わった。そして次に、リーダー格は、部下から古ぼけた拳銃を受け取る。古ぼけているとはいえ、それが殺傷能力を持たないはずはないと、その形状がわからせる。銀の筒が足先に向けられる。銃口が突き付けられた。則雄はなんだかカラカラ乾いた笑いが止まらない。頬がひきつれを起こしていた。

「う」

 そう発音されたのかもわからないほどに、あらゆる刺激の大きな音が重なった。もう目の前には銃口も、銃も、強面の男もいなかった。男がいたと記憶に残るそこには、塵とがれきのみ。

「アニキ!?」

 則雄はそんな好機をもちろん逃がすような人間ではないが、まだ命を死にさらした感覚で、足をうまく動かすことができなかった。だが、その時は誰もが何が起きたのかうまく整理できないようだったから、幸い彼は十分に足が動くまで安全にいられた。左を見る。先ほど自分を殺そうとしていた男が、腹を潰されて死んでいた。それに群がる手下。右を見れば、廃墟に大きな穴が開いている。外には、

「なんだあ、これ」

 意識しない発語が、関西弁という意識の垣根を超えた。開けた視界に惜しみなく敷き詰められている、アルティレクトの機人体ヒューマノイド、ついでにそれに対峙する、自警団やならず者たちの集団が、彼の魂を火の玉にした。

「全人類に告ぐ。メタバースが狂人によって閉鎖されてしまった以上、お前らに残された道は安楽なる死か、圧倒的な不利をもってする戦いの死のみだ。どちらかを、選ぶがよい」

 先頭に立ち、首魁の声を拡散するその後ろに大きく聳え立つ兵器が、威厳を放っていた。敵はそれほど壊滅的な戦闘力を持っているし、何せ、戦いに特化した性質を持つだろう。格差に士気を極端にまで下げた人間たちに、それでも一人魂を燃やす則雄が言った。

「お断りじゃ、クソボケ!」

 人類と知脳群の、戦争が始まった。

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