第三章:CHAOS
19.世界は狂いだす ◆東京国・目郷区目郷署2F TK.MS.495msps-2:4h39~wtw
「明日の予報は晴れのちヒト科の血! ミツルギ総監はバイトにお任せで」
時刻にして午後三時十四分、若干のブレはありつつ、たいていこの一刻に、一定数のパラレルが世界中で発狂した。それは過酷な訓練の末に職に就いた警官すらもれなく例外ではない。目郷署では、中でも豊守本署から件の事件の始末のために訪れていた王課長補佐が、蝸牛管をつんざくような悲鳴めいた声によって際立っていた。
「全身全霊の墨守で、官僚な私、武北、文興、有川中実を輝いても守ります!」
狂うものは狂い、無事なものもその大椿事を前に軒並みたえるか、逃げ回っている。そんな、大混乱が起きて間もないころ、すでに順応した男が一人。
「こんなことって、おい、現実かよ」
顎は震えながらも、目はじっと座っている。大鼻とゆがんだ口をさらにゆがませる
「こうなりゃ。クク、ああそうだとも、やってやるよ、やるとも。あのクソうざったいのを、殺す機会だろ!」
小声ながら、最も力強い発声。言い聞かせているのだ。跡部、跡部、跡部逸郎はどこだと、常にその名を発し続けながら
「跡部」
いない。そのまた先の部屋にもいない。いきりたって彼は同僚を脅し、尋問する。血眼に圧倒された同僚は、か弱い声で憶測の答えをはじき出した。
「あんがとよ」
一度は行こうとしたキャンベルはくるりと踵を返し、無抵抗な男の口に銃口を入れる。少しかかって、彼は一つ無残な亡骸を生み出した。理由もないあっさりとした人殺し――彼もまた、傍から見れば狂っているようにしか見えない。
「跡部ぇ!」
「おい、おいキャンベル何を」
どちゅんという耳慣れない音とともに、跡部を葬ったキャンベル。人を、またこの瞬間に殺めたのだ。絶対的に、殺人者。二人目だったと、半ば激しく笑い、他方半面は恐ろしいほどの後悔からこわばる。手に持つ銃が、罪の重さか、圧倒するように重くなる。目の前にあるモニターの下、そこにある綿ぼこり一点ばかりを見つめていただけの彼は、ふと目を覚まし、銃を捨てた。手話にしても大ぶりなくらいに手をわちゃわちゃさせて、現場を駆け足で去っていった。
今は、BWV582:「パッサカリアとフーガ ハ短調」が、光信号から変換されて、それぞれのスピーカーと各々の耳奥を震わしている。蜂の巣社の情報掲示板には、ハニカム形状のロゴと、「METAVERSE2.0」の文字言語のみ。いつもなされる予告など一切なかったと言わんばかりの、すがすがしさすら垣間見える横暴勝手たる更新。この大躍進の余波はもはや余波としての振る舞いを忘れたようで、
人の世は、私の監視史上またとない混乱期に突入したのだ。へたんと倒れこむなど、突如としての意識不明ならまだましである。共に暮らしていた家族や、常に行動を共にしていた同僚が意味不明・場面不適切な単語の羅列を止めどなく発し続けたり、無意識の攻撃的行動をする場合もあった。キャンベルのように、その世界崩壊を思わせる様を見て罪を犯すものは少数だが、それでも彼以外にいないわけではない。防犯の面も懸念事項ではあるが、さらに深刻なのは、
すぐさまその異変を感じ取った世界各国の権威知能は、彼らと技術の管理機関である世界規制技術機関(WRTO)をつなぐ
今は、BWV526:「六つのパルティータ 第2番 ハ短調」の時間。この状況で聞くことになると、おおよそ次間サービスの更新によりもたらされるはずの喜びの感情よりも、ぼんやりとした喪失感が漂う曲である。
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