5.追うもの追われるもの ◆東京国・並郷高速・戸並側 TK.TM.tilltn32050:h495


「ハベルさま!」

 高速を疾走するレッドウィングの後部座席にて備え付けの端末を熱心に弄っているハベルに、すずしろが助手席の椅子から身を乗り出して声を掛けた。

「何を調べてらっしゃるんですかぁ?」

「この車の動力についてだ」

「コラッ、すずしろォ! 危ないでしょ! 前向いて座りなさい前ッ!」

「はぁい、ごめんなさぁい」

 叩き付ける向かい風の轟音に負けていないクレアの怒鳴り声に反応し、すずしろはしおれながらも素直に前を向き座り直した。彼の向かい風に煽られ揺れるお下げ髪とカチューシャを背後から見つつ、ハベルはクレアに訊ねた。

「おい」

「んんー!?」

「本当に男なのか、その」

「何っ! 声が小さい! 全っ然聞こえない!」

「本当に男なのか! その子供は!」

「本当に男かって!? アッハッハッハ! 言われても信じらんないわよねー! ねー、すずしろ! 可愛すぎて分かんないってさー!!」

ハベルは嘆息し、乗り出した身を再び座席に沈めた。そして下らない質問の割に酷使してしまった喉をさする。

「それとねハベル! さっき言ったドールってほんとにわからない?」

「知らん」

「はあ。ここで暮らすなら、ドールの一体や二体持ってなきゃ話になんないわよ! ねーすずしろ」

「は、はい?」

「そうか」

 適当に相槌を打ちながらも、ハベルはやはり気になったようでまた借り物の物理端末ブックを開く。どう見ても子供の姿のこれが創りものとは信じない他思考の余地が無かった。

「ほら、一々調べなくったって、ウチに着いたら色々教えたげるって!」

「ハベルさま、ブックがお気に召されたみたいですね!」

「勝手に決めるな」

「そんなに俯いてると酔っちゃわない!」

「ハベルさま! 良かったらぼくがお教えしますよ!」

「すずしろッ! 前向いてなって言って……」

また後部座席へと身を乗り出したすずしろをクレアが振り向いて窘めた瞬間、ハベルが何かを目撃して顔色を反転させた。

素人目にもわかる、明らかに自動運転規定を無視した真っ青な暴走車が、正面から逆走してきていた。

「お前もだ家主ッ! ぶつかるぞッ!」

「へっ? うわ、わわわっ!!」

「うぐっ!」

クレアは前を向くと咄嗟に自動運転を解除しながらハンドルを大きく切り、双方の車体は辛うじて衝突を回避した。クレアは過ぎ去る車を横目に見て瞬時にその正体を見抜いた。

「何あれ、更谷の走り屋じゃない! 何で暴走すんのに無音で走ってんの意味わかんない」

「まだだ家主!」

「あ――もう! 分かってる!」

目前からさらに、先ほどの暴走車とそっくりの青い車が三台、対抗車両をひどく横暴に掠めつつ爆走し、さらにその後方から十台を超える警察車両がサイレンをけたたましく響かせ、追る。

「もう、もう! 何、これ」

 クレアは悲愴さをあらゆる表層に浮かべながらも強くハンドルを握り締めると、瞬時に二十台近い対向車の隙間を見つけて飛び込んだ。それでも数台の暴走車・警察車両と接触しかけるが、クレアは一見滅茶苦茶に、しかし極めて合理的にハンドルを切ってその全てをかわした。

車体には、擦り傷一つなかった。

「んっ、はああ。二人とも、怪我は?」

「さ、流石です、ご主人! 助かりました!」

ハベルは、強風でボサボサになった黒髪もそのままに、やつれ切った呼吸に上下する背中を見た。底力にはもちろん予想外を見た。

「大したものだ。驚いたぞ」

「へへっ、いえいえそれほどでも……、って、何様よあんたは」

「えへへへ、良かったですね」

〈まだだよ、すず〉

すずしろの脳内に、子供らしくも独特の棘を持った声が響く。ハッと気づいて後ろを振り向くと、少し後を漆黒の光二輪リングバイクが追うように走行していた。

「グエンちゃん?」

「えっ、あれあのグエン!?」

〈すず、先生カーネルからクレアさんに伝言。さっきの連中、また戻って来るってさ〉

「嘘!?」

 ハベルはとうに、バイクの向こう側へ目を凝らしていた。

「また戻って来るな、奴ら」

「えっ、ハベルさま、聴こえて」

「いや、見える」

〈そこの人には見えてるみたいだね。すず、とにかくそういうことだから。まだまだ油断は禁物。それじゃ、お互い無事にぎりしあ荘で〉

「え、もう終わり? ねえ」

「嘘でしょ、もう」

 グエンは、報告だけ淡々と済ませると一方的にすずしろとの体内通信インナーを遮断した。

 クレアはすずしろからの報告を聞くまでもなく、絶望的な表情で後方からの第二波に備えた。

「あの、ご主人」

「いいよ、もう。やるっきゃないでしょっ」

「スピードを上げて振り切ることはできないのか?」

「無理、改造車と警察車両相手じゃ。それに手動運転で法定速度以上出したら、自動制御で止まっちゃうし」

 クレアは説明ついでに愚痴ることで的確に状況を分析し、再度気合を入れ直した。高速の戦場が来る。


 バイクを駆るグエンはクレアたちを前方に見守りつつ、後方に迫る暴走の気配と、それを追う警察車両のサイレンを聞いていた。

 左斜め前のガラスに思いもよらず主人カーネルの顔が浮かび上がった。

〈グエン〉

「はい」

〈私は暫くリエール研究所の観察とクラッキングに集中する〉

「リエール研究所、なぜです」

〈そんなもの、なぜわざわざ警察に追われる車が同じ所をグルグルと旋回しているのかを考えれば、自ずと導き出される答えだ〉

「私が共有しているのは先生の左目を通じて集積された情報のみです。世界最高の生体知能が導き出した推論を共有出来るのなら、こんなに便利なことはありまませんが」

〈ハッハ! なるほど、これは一本取られた。とは言え話せば長くなる。そちらは君の方で何とかし給え〉

「分かりました。では一つ許可を頂きたいのですが」

〈なんだね〉

「クレアさんが捌き切れない車両への攻撃許可です」

〈あぁ、暴走車になら好きに〉

「警察車両もです」

 カーネルは深く、短く沈黙した。モニター越しに映る顔に、明らかに苦い顔が見える。

〈グエン、分かっているだろう。君の行動に対する責任の所在は常に〉

「先生にありますね、分かっています。ご迷惑はおかけしません」

〈迷惑をかけないと言っても、それはわかってない無責任者の――〉

「近付いて来ました。サイレンの音が聞こえますね?」

〈おい! 待てグエン!〉

「失礼します」

 グエンはまたも主人との通信を一方的に切ると、腰掛けるシートの側面を開き、中から拳銃を取り出した。

「今度こそ君を傷つけさせない」

 クレアたちの赤い車を見て呪詛のように呟いた。グエンの側面を、一台目の暴走車両が横切る。彼女は唇を結ぶと銃を構えていた。

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