12.赤髪の大女 ◆日本国旧東京・渋谷区・品川方面 NH.KY.sg7590:6658u


〈クレア〉

「あっ! カーネル」

 クレアはいつもウザったくあしらっていたその男の声を、今ばかりは完全に肯定している。体内通信インナーを知っているハベルはあまり驚かなかったが、影の住民である則雄は「どないしたんや」とまくしたてる。ハベルが説明していた。

「ちょっとこれどうなってるの! 何が起きてたの。ちゃんと安全は確保されてる?」

〈私の管轄外だ。状況説明は後にする。よく聞け。通信も試行の末に繋がったものだ。とにかく用心するよう。ハベルだけと行動を共にし、駅まで行ってくれ。経路は送っておいた〉

「あー、そうね、ハベルだけとね。とにかくここに行けばいいの?」

 それからしばらく、通信が繋がることは無かった。とりあえず経路はダウンロード出来ていたことに安心するクレア。三人に見せる。

「なら、もうお前はいらないな」

「あ、い、いや、まだ役に立つ。せや、もしそこが使えへんかったら? 迂回する場合は知識がいるやろ」

 クレアにはその屈託のない「あせり」を見せるこの小男が、どうにも悪人になど見えない。ハベルを制して同行を許可する。それに、

「なあ、武器なんかも必要やろうから、案内するで。俺は情報屋でもある。銃の一つや二つ、持ってへんとな」

 いいところを突かれる。二人は駅で垂行機VTOLから逃げまわった結果、銃はそこに落としてきていた。ハベルはナイフがあるからまだしも、クレアは針一本持ち合わせていない。とはいえ話し合いの結果、まだ二人に信用され切っていない則雄は武器を持たず、クレアにだけ拳銃を渡すことにした。磁導式の銃しか扱ったことのない彼女は、渡された代物が旧世代の火薬式銃であることに戸惑った。

「ねえ、ずっとここに住んでるの? 通りがけ?」

「まー、そうやな。虎暮ってグルやってんねやけど、ちょいと追われてるもんで、仲間に迷惑かけたないから、ここ数日は一人でぶらぶらしてん」

「仲間思いって、いいことだよね」

 則雄は意中の相手に褒められ、何も言い返せないままうつむいていた。

「まて」

 真っ先に気づいたのはハベルだった。遅れて二人も感知する。廃墟の向こう側で、抗争が始まった。とりあえず隠れておくに越したことはないが、則雄は引き返したがる。顔が青ざめていた。

「あかん! 日会や」

亜間AR? なんで?」

「どう考えてもあかんやろ」

「はあー、もう。駅はすぐそこなのに。なんか地下通路とかないの。情報屋なんだから」

「そんなもんあらへん。あいつら、ここいらを取り仕切っとる一番物騒なヤクザものやで。他や他!」

人間にとっては、しばしば自分の知識だけが世界の真理になる。孤独で哀れな知能だ。そのすぐ下にもマザーへと通じる地下通路はあまたあるのに、ないと言い張る思考の横暴さにはうらやましささえ感じる。

「のわ! なんや」

「見つかったか」

 ハベルの隠れる瓦礫に弾が当たる。だからいったやろと騒ぐ則雄。息荒く、されど静かに隠れ続けるクレア。三人分の知性は、数秒のうちに強行突破という選択肢にかけることにした。動くと、そのたびに出所不明の銃弾はきちんと狙いが修正されている。交差点に面している廃墟へ転がり込むと、静けさが安らぎを作り出す。ただ、右では相変わらず日会が暴れている。

「あっちでわちゃわちゃしとるのが日会や……。俺たちを狙っとった敵は知らん。せやけどやつらは気づいとらんから」

「とにかく日会に見つからず、後ろから狙い撃ちしてくる奴らにつかまらなければいいってことでしょ。もう駅はすぐそこなんだから、突進しましょ」

 今度はほぼ一人の独断だった。クレアの判断は少なくとも東京国では間違ってはいない。しかし、ここは影の町。銃弾が、クレアの残像を撃つ。地面がえぐられ、三人は冷や汗をかいた。そして何も起こらないうちにたちまち姿を現す人影が、三つ。アルティレクトの私兵パラレルである。

 クレアへの殺意が見て取れる一撃を、ハベルがすんでのところで受けとめた。パラレルの右腕が、槌を握ったまま地に落ちる。一人隻腕になれどすぐさま態勢を整えなおした三人は、一斉にハベルめがけて突進した。クレアは尻もちをつきながらも拳銃ハンドガンを撃つ。ハベルが相手をするのは二人に減った。両手のロングナイフで何とか打撃をはじくハベルの目に、則雄が逃走する姿が見える。どこの馬の骨かも知れないやつが一人減っただけ。それよりもこの状況を打破することにハベルは集中している。

「すべての弾を使え!」

 声を荒らげる。向こうにいた日会組合人のうち何人かが振り向くほどの音量が、事態の緊迫性を感じさせる。

 連射された銃弾が、一体の機能を停止した。まだ二体いる。注意深くにらみつけるハベルの前に、空からひどく負傷した男が落ちた。日会の連中だった。クレアも、遠くの則雄も、あまりの出来事に口が塞がらない。

「なにドンパチやってんのさ」

 長身の女だった。上から落ちてきた男を蹴り飛ばしながらそう言う。

「あたしは上に行きたいだけだから、通してもらえる?」


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