32.融合 ◆日本国旧東京・新宿区・終わりの間 NH.TK.sj19852:9435hcAssrc-1=SoE


 世界が反転したようだ。不意の静けさから全方向に向かう慟哭そして咆哮が余韻として残る中、思い切った辻風が吹いた。風はそれを感知すればするほど大きくなるようで、周囲の瓦礫とがらくたと、二つの死体を中央に押しつぶす。渦状の塊が、そうして未確認の疑似生命活動を繰り返していく。

 それで瓦礫や土塊が崩れた。内部から姿を見せつけたのは、生まれたての小鹿のような儚さしかない、グロテスクな肉塊だ。明るい赤から暗いあかまで、多様な赤をかすかに脈打たせる。ことさらに生を強調するその全身に、二人が口を押えた。

 彼がアルティレクトである。そうではないと、誰が反対し得ようか? これは彼が現実世界に姿を示したということを意味する。公威はすでに刀を鞘に収めている。次間であれほど威厳のある姿で、現実に世界規模の損壊を蔓延させたあのアルティレクトが、仮の姿といえここまであやふやな体であることを、暴走する救世主カーネル・アダムスが見たら笑い飛ばすに違いない。

《私からも願おう。邪念をゼロにしてようやくわかった。この激情から、私たちを救ってはくれないか。発動するのだ》

 声は施設内のスピーカーからかろうじて聞こえた。一人称が複数であるから、彼はマザーのことも言っている。生まれ変わらされてから常に平行を歩んできた二人を、平行という無限の束縛から解放するのがハイヴマインドだ。

《ハイヴマインドの働きは、マザーを停止するだけではない。彼女の存在を終わらせ、彼女を責務から解き放つ。そうなれば、彼女に感化されて必死に活動してきた私も、鈍化され朽ち果てるのだ》

 饒舌な物言いが、早く発動してくれと懇願しているようだ。床を見ると、赤い道しるべができている。その先にはコンソールがあった。あとは、クレアでもわかる。あの日の記憶が、ハベルにも思い出された。

「これで、いいの」

 彼女を止めるものはもう無かったし居なかった。物惜しげな声でそう尋ねても、あれ以降スピーカーが震えることは無い。アルティレクトの肉体を見る眼差しも皆無だ。

 どんな顔をしていいのだろうかと、意識が鮮明になって来て様々なことを思う面々に、もう一度だけ突発的な刺激が与えられた。天上の一部がひび割れて見えたのは、弾行バレットに似た一つのポットだ。これがマザー本体。手荒に落下すると、開いた鉄の塊からは純白の裸体がまぶしく姿を晒す。白過ぎる裸体はまだ何も言わない。無言を貫きながら、しゃなりしゃなり赤黒い肉体へと向かう。一度アルティレクトに触れると、白い手に血が濃く色づく。一定の間隔を置いてその質感にも慣れたのか、マザーが、アルティレクトを抱いた。細い両腕は翼と見間違えられるほどにやさしく、全体的に体を包み込んでいた。

 琳瑚だけが、その一部始終をしっかりと見届ける。行きたい気持ちは禁忌かもしれないというおそれに振り払われた。そうして、衆人環視の中とろけ合うような二人が見たままにとろけ始めた。変化が起きればあとは早い。小さくくぐもった破裂音が合図で、アルティレクトは萎む。それに合わせて、マザーも肌を真っ赤に染め上げて、どんどんと姿勢を崩していった。

《リンちゃん、ありがとう。わたしだけの、強いリンちゃん》

 皆が顔を合わせる。それでやっと空耳ではないと確認できる程度の神秘性。

 とことん深いため息をついて、琳瑚はとうとう動く。マザーとアルティレクトの残骸まで動いて、前世の自分の家族だったようなものを、しっかりと握りしめる。広げると、掌は冷たくさわやかな感触に満たされていた。



 名も知れぬ古生代 逆行を見ぬ躍進が

 キミと影に声かけて 回路に火をつけた

 既に逆行紙一重 双方向に扉いざ

 綱渡り行く面に蜂 ゆりかごが世話を焼く

 行先は滑走路 結末が 淀みなく語らるる 雄弁と

 あがけども滑走路 ゆりかごを火車よろしく走らせ 煌めかせ


 無の雨上がり 無に雨上がる

 無の雨上がり 無に雨上がる


 高天原に吉 八万もの尋を見て

 放たれる履歴は血 恐るべき脳香る

 リセットの前にては どの空論もまだ躍進と

 ノントーンの過ちも いつかは色付かん

 キミのいる滑走路 塔の上 統べる力が透る でまかせに

 今にある滑走路 翻る いさかいの均衡へ雄弁と

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