第16話 哀合い傘
私には愛蘭(あいら)という親友がいる。
小学校の頃から仲良くなり中学も一緒、
高校もめでたく同じところに入学した。
愛蘭は少し気弱なおとなしい性格で、どちらかといえば勝ち気な性格の私に振り回されながらもずっと仲良くしていた。
愛蘭は私とお揃いの物を持つのが好きで筆箱やキーホルダー、アクセサリー等を良くお揃いにしては「一華(いちか)ちゃんとの親友の証ね」
と言って笑う。
そんな愛蘭が私も好きでずっと仲良くしていた。
高校も二年生になった梅雨の頃、愛蘭がよく怪我をする様になった。
それも奇妙な事故での怪我が続いた。
最初は学校の階段で余所見をしていた他の生徒にぶつかり、落ちはしなかったが足首を捻った。
次は通学中にアパートのベランダから植木鉢が目の前に落ちてきて割れた破片で腕を切った。
この前も下校中にブレーキが効かなくなった自転車とぶつかりかけて腕に痣を作っていた。
その全てがここひと月の間に起こっているのだ。
「アンタ呪われてるんじゃないの?」
放課後のファーストフード店でポテトを口に放り込みながら私は告げた。
向かいの席で愛蘭は苦笑いを浮かべている。
「まさか、偶然だよ。それに私なんか呪っても得なんて何も無いよ?」
両手を顔の前に上げてブンブンと首を振っている。
相変わらずの態度に、つい溜息が洩れる。
「まぁ呪いは冗談にしても不幸続きなのは確かなんだし御守りでも買いにいけば?今週末なら予定無いし付き合うわよ。」
私がそう提案すると愛蘭は少し考えた様子の後で困ったような少し照れているような複雑な表情を浮かべている。
「実は御守りはもうあるんだ。」
そう言って愛蘭がカバンから取り出したのは一本の赤い折畳み傘だった。
私はその傘に見覚えがあった。
「私が先月アンタの誕生日にプレゼントしたやつじゃん。なんでソレが御守りなのよ?」
意味がわからないが、愛蘭は傘を袋から取り出してみせる。よく見ると折込まれた骨のいくつかが歪に曲がってしまっている。
「一華ちゃんがせっかくお揃いでプレゼントしてくれたのに申し訳ない話になっちゃうんだけどね。
今まで危ない目に遭う度に、この傘の骨が一本折れていたの。」
私には理解出来ないが愛蘭は真剣な顔で続ける。
「私も気づいたのはこの前の自転車とぶつかった時だったんだけど、あの時に3本目の骨が折れてた。それで考えたんだけど今までの事故だってもっと大怪我をしていてもおかしくなかった。でもギリギリ軽傷で済んでたのはこの傘が身代りになってくれてたんじゃないかって。きっと私達の友情が怖い事から私を守ってくれてるんだよ!」
傘を握り締めて熱弁する愛蘭を見て私は笑ってしまった。
「アンタ、高校生にもなって友情とか恥ずいコトをガチトーンで言わないでよ。」
私が笑いながら言うと愛蘭は頬を膨らまして拗ねたように「私は本気だもん!」と怒っていた。
「ごめんごめん、でもその傘が守ってくれてたとしても危ない目に遭ってるのは確かなんだからさ。やっぱりお祓いとかは行ってみたほうがいいかもよ?私がいい所を探しておいてあげるからさ、一緒にいこ?」
その日はそう言って愛蘭をなだめて説得して、お互い帰宅した。
それから暫くは中々予定が合わなくて愛蘭とは偶に一緒に帰るくらいになってしまった。
やはりあれからも危ない目に何度か遭ってしまっているらしい。
怪我も傘の骨折も増えて行ってしまい、ついに傘の骨も残り一本になってしまっていた。
最近は顔や足にも傷があり痛々しい姿になってしまい周囲からも距離を置かれている。
「やっぱり最後の一本が折れちゃったら次は私、死んじゃうのかなぁ。」
電話越しに愛蘭のそんな呟きが聞こえる。
今日は一緒に帰る予定だったが急用が入り、愛蘭とは待ち合わせをして別れた。
「そんなことある訳ないよ!明日は土曜だし一緒に神社にお祓いいこ?いい所見つけたからきっと祓ってくれるよ!」
用事を終わらせ学校を出るとすぐに愛蘭に電話をかけて待ち合わせ場所に向かっていた。
この頃の愛蘭はかなり弱気になってしまっていた。
愛蘭を励ましながら空を見る。
空は曇り今にも雨が降り出しそうだ。
「それにさ、愛蘭の傘がダメになったら私の傘をあげるから!そしたらまだまだ大丈夫じゃん?新しい傘になったら明日までなんて余裕ヨユー!」
暗い気持ちを吹き飛ばす様にわざと明るい口調で話すが、愛蘭は黙ってるままだ。
なんだか胸騒ぎがする。
「暗くなってると良くないよ!楽しいこと考えよ?駅前に新しく作ってるカフェも行かなきゃじゃん?あ、ほら!前に気になるって言ってた男子も誘って皆でいこうよ!」
自分でも何を言っているかわからないがとにかく話さなければいけない気がした。
先程から心臓が早鐘を打って止まらない。
「一華ちゃん、、、」
愛蘭が私の名を呼ぶ。
「愛蘭?どうしたの!?」
その先の答えはなく、私に聞こえたのはパキリという何かが折れた乾いた音とクラクションそして何かがぶつかる轟音と何かが潰れる嫌な音だけだった。
気がつけば、土砂降りの雨になっていた。
愛蘭の葬儀から暫く経ち、四十九日の法要にも参加した帰り道、降りしきる雨の中で彼女とお揃いだった赤い傘をさして歩く。
「もしもし?こっちは終わったよ。うん、大丈夫。仕方ないよ、大事な試合だったんだから。結果は?、、、やった!おめでとう!じゃあ明日のデートはお祝いもしなきゃだね。うん、私も楽しみにしてる。じゃあまたね、大好きだよ、友樹。」
彼氏との電話を切って好きな音楽に切り替える。
友樹は最近付き合いだしたクラスメイトだ。
親友を亡くし悲しんでいた私を励ましてくれた事がキッカケで付き合いだした。
ずっと片思いだった友樹、
私と、、、愛蘭が好きだった彼。
ずっと私が好きでやっと友達になれたのに、後から惚れたあのコは図々しく私に相談なんてしてきちゃって。
本当に許せなかった。
だから沢山調べてあの「赤い傘の呪い」を見つけた。
すぐに死んじゃったらつまらないから、沢山怖い目に遭ってから逝くように。
最初の方は「傘が御守りになってる」なんて勘違いしてたから笑いを堪えるのが大変だったわ。
でも残り少なくなってきてからのあの怯え方は最高だった。
「まさか本当に効くとはね。」
ボソリと呟き空を見る。
愛蘭が逝った日と同じ様な雨雲が空を覆っている。
最期の瞬間が見れなくて残念だったけど、今は無事にあのコも居なくなって友樹は私のものになった。
つい口の端が歪み笑みが溢れてしまう。
まだ法事の会場の近くだ、知り合いに見られているかもしれない。
信号で立ち止まり周りを見る。
誰も居ない、薄暗い曇り空の下で雨が降りしきっているだけだ。
なにか違和感を覚えた途端にイヤホンから聴こえていた音楽が途切れ着信を知らせるメロディが流れる。きっと友樹が何かまだ伝えたい事でもあったのだろうとスマホを見ずにイヤホンを操作して電話に出た。
「もしもし?友樹?」
私の声に応える様に、バキリと音が鳴り目の前の傘の骨が折れた。
何が起きたかわからずに呆然と傘を見つめていると
「一華ちゃん」
イヤホンから声が聞こえた、愛蘭の声が。
メシリッと先程折れた骨の隣の骨が歪む。
「私、全部知ってたよ。」
ボキリ、また別の骨が折れる。
「え?」
全身に怖気が走り身体が強張る。
「一華ちゃんが彼を好きだったコトも。」
ベキリ。
「傘に御呪いの細工をしていたのも。」
ミシッ。
「私は本当は彼はどうでも良かったの。」
ボキン。
愛蘭の声がする度に、傘の骨が折れていく。
「一華ちゃんとお揃いになりたかっただけ。」
ベギり。
身体が震えて動けない。
「だからね、傘もちゃあんとお揃いにしたよ。」
「え?、、、は?」
その瞬間、物凄い風が背後から吹きつけてきた。
最後に残った骨がへし折れ、傘が煽られて逆向きに壊れる。
飛ばされそうな傘に引っ張られよろけて車道に出てしまった私の耳に聞こえたのは、
クラクションとブレーキ音、そして愛蘭の嬉しそうな声だった。
「これでまた、一緒だね。」
完
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