第21話 心霊絵画

 あれは、俺が中学の時の話だ。

その日、学校の選択授業で美術を選んでいた俺は同じ授業を選んだ二十数人と学校近くの河川敷に来ていた。


この河川敷は結構広く公園みたいになっていて週末には地域の少年サッカーチームが試合したり、家族連れがピクニックしたりしているような所だ。


その日もランキングをしている人や犬の散歩、ベンチで座って話をしているお婆ちゃん等の人がチラホラいた。

その場所で『風景画を描こう』ってのがその日の課題だったので、俺達は各自思い思いの場所に陣取って筆を走らせていた。


30分位経った頃かな、

ある程度描き上がってきて休憩がてら少し離れた場所で描いてた友人のAの所へ駄弁りに行ったんだ。


お互いの絵を見せ合いながらあーだこーだ言ってたんだが、少し妙な事に気がついた。


この河川敷の土手は二段になっていて上から車道、中段に遊歩道とベンチ、一番下が広場と川って感じになっている。

俺は車道と遊歩道の中間あたりから、Aはかなり車道寄りの上の方から風景を描いていた。

見る角度やメインに描きたい場所によって多少の違いは生まれるだろうが、基本的には同じ風景を描いている筈だ。


しかし、Aの絵には俺のAには無いモノが描かれていた。

遊歩道のベンチ。

いやベンチ自体は俺の絵にもあるんだが、

Aの描いたベンチには人がいたのだ。

ベンチに座る赤い服と赤い帽子の人物、ベンチは川の方を向いて設置してあるので顔は見えない。


気になったのでAに聞いてみた。


「おい、こんな赤い奴居なかっただろ?勝手に人増やして描くなよ。」


俺がそう言うとAはキョトンとした顔で妙な返事をしてくる。


「は?いるじゃん。お前こそ人描くのが面倒だからってサボって省略するなよな。」


そんな風にお互いちょっと茶化しながら言ってから


 「「は?」」


とハモってしまった。


件のベンチはこちらから川下の方に数十m程度離れた所にあるが、

人が居るか居ないかは一目瞭然だ。

そんな奴は居なかった。

だがAは「居る。今も座っている。」

と言うのだ。

意味がわからない。


そんな風にAと言い合っていると、

「なんだなんだ」

と数人のクラスメイトが近寄って来た。

クラスメイト達にも説明して見てもらったが

ベンチに人が見える奴はいなかった。


「お前、幽霊でも視えてるんじゃない?」

「心霊写真ならぬ心霊絵画だな。」


そんな話が出だした時だった。

突然クラスメイトの女子のBが

「私にも見えるよ!」

と言い出した。

このBは所謂「自称霊感少女」で普段から

「あそこに子供の霊がいる」だの

「あっちは嫌な感じがするから近づきたくない」

だの言ってるちょっとイタイ子だった。


途端に「またかよ」というシラけた雰囲気が漂う。

幽霊というワードが出てきた途端に言い出したあたりでさっきまで何も見えてなかったのはわかりきっている、今さら「視える」と言った所で嘘を言って目立ちたいのはバレバレだった。


そんな空気も本人には伝わっていないらしく

彼女は例のベンチを凝視しながら

「う〜ん、病気、、、かな?生前よくここに来てたから想いが残っちゃったみたい。A君はたまたま波長が合ったから見えたのかな。」

等と適当にそれっぽい事を呟いている。

こうなると面倒くさいので

「さて、どう切り上げるかな」

と思案していると。


「悪い霊じゃなさそうだけど視えちゃう人には怖いかもしれないから祓ってきてあげるね。」


とBが言い出してベンチの方へ小走りに駆けていってしまった。

そしてベンチにむかって何やら呟きながら印の様なものを切っている。

その光景を見ながら他のクラスメイトはやれやれといった表情で立ち去り始めた。


騒ぎのきっかけになった俺達は去るワケにもいかないので「どうしたものか」とAの方を見ると、

彼はベンチの方を凝視しながら固まっていた。

「おいA、どうしたんだよ?」

そう俺が訊いてもAは答えない。


そうしてる間にBのお祓い(?)は終わったのか、

彼女がこちらに戻ってきた。


「いやぁ、ちょっとゴネられちゃったけどやっぱりそこまで悪い霊じゃなかったみたい。なんとかあの世に昇っていってくれたよ。」


と満足気に話しているB、しかしAの顔は真っ青なまま硬直している。


「おい、どうしたんだよ?A?」


Aに声をかけるがAはまるで俺の声が聴こえていないかの様にBを凝視して動かない。

その額からはダラダラと汗が流れ、今にも泣き出しそうなくらい強張った顔をしている。


どうしていいかわからずにいると「あ」と声をあげて先程まで何やらペラペラとしゃべっていたBが急に静かになった。

どうしたのかとBの方を振り向くと、

彼女は虚ろな目をしておりポカンと口を開いたまま突っ立っている。

一体どうしたんだ?と声をかけようとしたが、

俺の口からその言葉が出るより早く彼女はふらりと身体を揺らして倒れた。

そして河川敷の斜面をなんの抵抗もする事無く

ゴロゴロと転がり落ちていく。


それからは大変だった。

近くで見ていた他の生徒が急いで先生を呼びに行き

救急車が呼ばれてBは運ばれていった。

最初、俺達がBに何かしたのではと先生に疑われたりもしたがBが勝手にふらりと倒れたのを見ていた生徒が他にも居た為に俺達は無事に無罪となった。


結局Bは貧血を起こしてバランスを崩して倒れたと判断された。


先生からの事情聴取からようやく開放されて下校する頃になってAもやっと落ち着きを取り戻した。

駅へ向かって歩きながらあの時の事を改めてAに尋ねてみる。

Aは「思い出したくもない」という顔をしたが、俺がしつこく問い詰めるとぽつぽつと語ってくれた。


Bがベンチに向かってお祓い(?)をしている間、赤い女はまったくの無反応だった。

だがBが満足気にこちらに向かって歩きだした途端に女の首だけがついてきたらしい。


そして自慢気に語るBの後ろでBの事をニヤニヤと見ていたかと思うと、、、


「そして、、、髪が、Bの耳から、、、中に。」


そこまで言ってAは思い出したくないと言う様に頭を抱えると黙ってしまった。


あれからBは怪我はたしいた事なかったものの精神が不安定になってしまったとかでしばらく入院してしまった。

その後、退院はしたらしいが学校に戻ってくる事は無かった。

Aも辞めてはいないものの暗く無口な性格になってしまい次第に距離を置くようになってしまった。




夕暮が迫る帰り道、橋の上から河川敷を眺める。

あんな事件があった事なんて、

無かった様に普段通りの光景が広がっていた。

複雑な気分でその平和な風景の中、例のベンチに人影を見つける。


人影はふたつ。

カップルだろうか?

なんの気無しに立ち止まり、つい注視してしまった俺はその行動を直ぐに後悔して全力で立ち去った。

ふたつの人影は、真っ赤なコートを着たBと制服を着たAだった。

二人は会話をするでもなく、無表情のまま真正面の川を向いて並んで座っていた。

だが、俺が気づいた瞬間に二人同時にぐるりとこちらを向いて笑ったのだ。


それが俺が二人を見た最後だった。


余談なんだが、あの日にAの描いた絵はBが倒れたどさくさで俺が持っている。


先日部屋の整理をした時に見つけ、この事件を思い出したので書いてみたんだ。


Aの描いた赤い女性の横に黒い服の男の様なモノが浮かび上がっていたのは、俺の保管が悪くて着いたシミだと思いたい。



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