第20話 美しき呪い

 彼女は全てが美しかった。


何百何千と繰り返したかの様な、

無駄の無い流れる所作。


無骨な鉄の釘に添えられた白い指が

相反するが故に互いの存在感を増している。


未練がましく長々とした呪詛の言葉も無い。

恨みがましく延々と繰り返し打つ事も無い。


一言 そして 一振り


「しね」

凛とした声でそう言い放ち、

振り下ろされた槌で人形の眉間を捉えた釘を

打ち据える。


声の余韻と乾いた音が交じる。


それですら楽器の音色を想わせる美しさだった。






ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ


目覚ましのアラームが鳴る。

手探りでスマホを探しアラームを止めると

ひとつ欠伸をして身体を起こす。


「またあの夢か、、、」


幼い頃から何度も見た夢。

美しい女性の呪いの儀式の夢。


白い着物、艶のある黒髪、舞の様な所作、

その全てに見惚れてしまう程の美しさがあった。

やっている事は呪いの儀式で幼い頃は恐怖も感じていた。


しかし、そんな事は気にならない程にその女性に惹かれていた。


「私もあんな風に綺麗になれたらいいのに。」


アラームを止めてオフにしたスマホ画面に映る自分の顔を眺めて呟く。

あの女性とは似ても似つかない、

自他共に認める地味な顔だ。


「まぁ顔はいっつも思い出せないんだけどねっ。」

最後の「ねっ」に合わせて身体を起こす。


なんの変哲も無い朝、

祖父と祖母と三人で朝食を摂る。


両親は居ない、私が幼い頃に二人共亡くなってしまったらしい。

物心ついた頃には母方の祖父母と暮らしていた。

父はあまり出来た人間ではなかった様で父方の親族との交流は無かった。


田舎でも都会でもない地方都市のどこにでもある

ちょっと古びた一軒家、それが私の家。


毎日仕事をこなして家と会社を往復する日々。


しかし、そんな平凡な日常にもそれなりの幸福は存在するらしく、


「俺と結婚してください。」


付き合って1年目の記念日に、

私はプロポーズを受けた。


 彼との出会いは行きつけのブックカフェ、特に趣味らしい趣味も無い私が休日の殆どを過ごすその場所で近くの席に座っていた彼がスマホを忘れていきかけた所に声をかけたのがきっかけだった。


それから何度かそのカフェで話す様になり、連絡先を交換してとありきたりな流れだが数回目の食事で告白され付き合う様になった。


彼はよく私の髪を褒めてくれた。

それが私はすごく嬉しかった。

せめて髪だけでも夢の彼女に近づきたくて

ずっと大切に伸ばしていたから。


明るく優しい彼に惹かれていた私は、

交際期間僅か一年でのプロポーズを涙を流して受け入れた。

それからは結婚式に向けての準備が始まった。



 彼を祖父母に紹介して、結婚の報告をした。

祖母はぽろぽろと泣いて喜んでくれた。

祖父はぶっきらぼうに「そうか。」と一言返事をしただけだったが、

その日の夜にトイレに起きると祖父は母の仏壇の前で酒を飲みながら泣いていた。

私に何かあると夜中に仏壇の母に語りかけるのは、祖父の昔からの癖だった。


祖母は自室の桐箪笥から大きな着物を出してきて「約束だったからね。」と譲ってくれた。

この着物は祖母が嫁入りした時に着ていたもので、昔からこまめに虫干し等を行い大切にしていた。

「いつか私が結婚したら着せてね」という幼い頃の約束を覚えていてくれたのだ。


半年後に設定した挙式日に向けて、

準備に忙しい日々が始まった。

エステや美容院に行き祖母から貰った着物の仕立て直しを依頼し、仕事の合間に式場との打合せを行ったりと目まぐるしかったがとても充実した毎日だった。


少しでも彼に似合う妻になろうと普段のメイクも研究して意識する様にしたおかげか、

職場でも良く「綺麗になったね」と言ってもらえるようになった。


そんな幸せな日々は唐突に終わりを告げた。


翌月に結婚式を控えたある日、彼が消えた。


式場等に支払う予定で彼に預けていた私の貯金と祖父母からのお祝い金を持ったまま、音信不通になってしまったのだ。


彼の部屋へ行ってみたが既に解約されていて、職場と聞いていた会社には「そんな社員は居ない」と言われてしまった。


祖父に付き添われて警察に相談した所、同様の相談が数件続いているという事実がわかった。


 夕方に帰宅してからは食事もせずに自室の隅に座り込み、茫然自失になっていた。

私の元に残った『彼』は結婚の報告の日に忘れていったジャケットだけになってしまった。


泣き声は出なかったが、

瞳からはただただ涙が流れ落ちていた。


どれ程経ったのだろう。

窓の外が白み始めた頃、祖母が祖父の名を叫ぶ声が響き渡った。


祖父は仏間で事切れていた。

脳の血管が切れてしまっていたらしく、発見が遅れた事もあって手遅れだった。


それからは良く覚えていないが淡々と物事をこなした。

祖父の葬儀、式場のキャンセル、被害届の提出、やる事は沢山あった。

仕事も辞めて家を売り、別の土地に祖母と移り住む事にした。


 引越しを翌日に控えた日、祖父の部屋を整理しているとあるモノを見つけた。


筆字で母の名が書かれた桐の箱。

紫色の紐で封の成されたソレを開けると見覚えのあるモノが入っていた。


『尖端の錆びた五寸釘』そして『白木の木槌』


その時に全てがわかった気がした。

両親の死んだ理由

父方親族との断絶


そして


夢の彼女の正体が






仕立て屋から戻って着ていた白襦袢に袖を通す


仏間に入り仏壇に並ぶ両親の位牌に向かい

深々と頭を下げる


立ち上がり振り返る


居間にある我が家の大黒柱に固定された藁人形


中にはジャケットの襟元から抜き取った髪


しゃなりしゃなりと足を運ぶ


動きに淀みは無い


『何百何千と目に焼き付けた光景』


ふと思い出す


夢の彼女はやはり『私に良く似た顔をしていた』と


左手の五寸釘を『彼』の眉間に軽く突き立てる


「しね」


一言 そして 一振り


声と打音が重なり響く


そして、静寂が私を包み込んだ。





数日後、海外で強盗に遭い銃殺された日本人のニュースが流れた。

被害に遭った男は海外逃亡中の詐欺師だったらしく世間を騒がせている。

宿泊していたホテルで部屋に侵入され眉間を一発で撃ち抜かれていたそうだ。



私は今、新しい土地で祖母と二人で暮らしている。



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