第19話 公園池の女幽霊

 その日、俺は元カノからいきなり詰め寄られた。


「あんなに偉そうな事いってたくせに、もう女作ってるなんてね!アンタだって浮気してたんじゃないの⁉」


大学の講義後、帰ろうとした所で鉢合わせしたEはすれ違い様にそう吐き捨てて去っていった。

Eとは数日前に別れたばかりだ。


原因は彼女の浮気、人数合わせで参加した合コンで言い寄られてしまいそのまま流されて関係を持ってしまったらしい。


Eの様子がおかしくなった事に気づいた俺が周囲に探りをいれた結果発覚し、証拠を突きつけて詰め寄りそのまま別れ話になってしまった。



大学近くの大きな公園内の道を歩きながら思い出に浸る。

一年前に告白したのもこの公園だった。


数日前に別れ話をした園内の池の近くのベンチを眺めると、今は女性が一人座っているようだった。

同年代だろうか?湖面の方を見つめる後姿を見ながら「彼女も何か感傷に浸っているのだろうか」と考える。


ふと気がつくと右手の薬指をなぞっていた。

数日前に怒りにまかせて池に投げ捨ててしまった、今はうっすらとだけ残るソレのあった跡。

それを無意識に触ってしまっていた自分になんとも言えない怒りが込み上げてくる。

苛立ちにまかせて足早に公園の出口に向かう。


「俺が浮気?冗談じゃない!俺がどれだけ、どれだけ好きだったと、、、」


自分から別れを切り出した癖に、未だ引きずっている自分が許せなかった。

モヤモヤした気持ちを振り払う様に歩調を速める。


「、、た、、が、、、」


急に耳元で何かが聴こえた気がしてビクリとする。反射的に振り返ったが近くには誰も居なかった。

公園の中は遠くの広場でボールを追いかける子供達や犬を散歩している人がいる位だ。


空耳かと思いまた歩きだそうとした瞬間にスマホが鳴った。

同じ大学の友人Dからだ。

今夜飲み会をするから来いという話だった。


多少強引な誘いだったが彼なりに別れたばかりの自分に気を使ってくれたであろう事がわかったので嬉しかった。

どうせ一人で部屋にいても落ち込んでいるだけだろうと思い参加する事にした。


スマホを切りポケットに突っ込んだ時に指に違和感を覚えて手を見ると薬指に一本の長い髪が絡みついていたが、特に気にせずに投げ捨て自宅アパートへ向かった。




「でさ、それにコイツがぶち切れてその場でペアリング池に投げ捨てたんだって!」


そう言って友人のDが笑う。

大学の最寄り駅近くの某チェーンの居酒屋、半個室のスペースには男女数人が集まり楽しく酒を飲み交わしていた。


俺とD、二人の共通の後輩のG。Gの彼女のAとその友人Bの5人だ。


楽しく飲んではいるのだが今イチ気分がノり切らずにいると、Bが恐る恐る声をかけてきた。

「さっきの話、本当なんですか?」

質問の意図がわからず

「え?なにが?」

と聞き返す。


「指輪を公園の池に投げたって、、、」


「あー、うん。勢いでね。今思うと売っちゃえば良かったなって思うよ。そしたら今日の飲み代くらいにはなったのに。ハハハッ。」


俺の返答に少し押し黙った後でBちゃんは

「それから変な事ありませんでした?」

とまたよくわからない質問をしてきた。


特に思い当たる事も無かったので

「何もないよ」

と答えると

「そうですか」

と言って黙り込んでしまった。


気になったので質問の意図を尋ねると

少し迷った後にこんな話をしてくれた。


「私は地元もこの辺りなんですがあの公園には怖い話、都市伝説?って言うんですかね?があるんですよ。なんでも婚約破棄された女性があの池で自殺をしたとかで。」


「夜に女の幽霊が出るとか、偶にベンチに座っていて声をかけてはいけない。とか色々あるんですが、その中に『池に指輪を投げ込むと取り憑かれて殺される』って話があるんです。昔ふざけて俺が婚約してやるよって肝試しで指輪を投げ込んだ人が数日後に池で死んでるのが見つかって、その人の薬指には髪の毛が何本も指輪みたいに巻き付いていた。」


「そんな話があるんです。だから先輩は大丈夫なのかなって気になってしまって。すいません!変な話しちゃって。」


そう言って俯いてしまったBちゃんに

「大丈夫、なんともないよ。」

と声をかけながら俺は公園での出来事を思い出していた。


不可解な元カノの発言。

公園で声が聴こえた気がしてふり返った時、ベンチに座っていた女性が居なくなっていた気がする。

スマホを切った時に薬指に絡んでいた長い髪。


まさか、、、気の所為や偶然だよな。


そう自分に言い聞かせる。

気まずい空気になりかけたのを察して俺はジョッキに残っていた酒を飲み干しすと、

「ってかG!俺の破局を慰める会にカップルで参加してくるとかいい度胸してやがるな~!」

と無理矢理絡みにいって気分を紛らわせた。


その後、俺とDに散々飲まされて潰れてしまったGをDとAが介抱しながら送っていく事になり、俺はBちゃんを家まで送っていく事になった。


Bちゃんはそれ程酔っていなかったが、帰り道に先程の公園の近くを通らなければならず怖いので良かったら送っていって欲しいと頼まれたからだ。


別れ際にニヤニヤしてサムズアップのサインを送ってきたGに「そんな気ねーよ」とハンドサインで返しながら帰路についた。


夜道を2人で歩きながらサークル活動や大学の講義等の他愛ない話をしていた。


時刻は22時過ぎ、周囲には他に通行人の姿も見えず閑静な住宅街が広がっている。


ふと会話が途切れて振り返ると、交差点の中程に立ち止まったBちゃんが路地の奥を凝視して固まっていた。


「どうしたの?」

そう声をかけたが反応が無い。


視線を追って路地の奥を見つめる。

街灯に照らされた家々に挟まれた其処には例の公園の入口があった。

そしてその入口の横に、まるでスポットライトの様に照らし出された人影がある。


まるで池の水で染めたかの様なくすんだ深緑のワンピースに長い髪が水草みたいに張り付いている。

数十メートルは離れている筈なのに何故かその姿がよく見えた。

女性は俯いていて表情は見えないが、生きている人間では無い事だけはハッキリと認識できた。


咄嗟に逃げようとBちゃんの手を掴み走り出そうとするが彼女は金縛りにでもなってしまったのか動かない。

それなりに力を入れて引っ張るが彼女の足は動かなかった。

「Bちゃん!」

と呼びかけるが表情も虚ろになっておりこちらの声は届いていない様だった。


「、、、が、、、に、、、で、、、」


何か声が聞こえ、声のした方を見る。

公園の入口辺りにいた筈の女が、すぐ近くまで迫ってきていた。

Bちゃんを庇う様に女の前に立って叫ぶ。


「お前何なんだよ!?」

言いたい事は色々あったが口からなんとか出た言葉はこれだけだった。


俯いた女が呟く

「私が居るのに、、、」


女がガバリと顔をあげて叫んだ。

「なんで他の女といるのよ!!」


苔の生えた薄緑色の肌、眼窩は暗く眼球は無いがそこから赤黒い涙をドロドロと流している。

女の姿に怖気づいて一歩後退りをした瞬間、左手に激痛が走った。

痛みのあった左手の薬指を見ると湿った髪が何十本と絡み捻じれて、まるで指輪の様に指に巻き付いている。

外そうと爪を立てるが震えて上手くいかず力が入らない。

女がニヤリと笑い、また何か呟きながらこちらにゆらゆらと歩み寄ってくる。

逃げようとするが足も震えて動かない。


すぐ目の前に女が迫り呟きがハッキリと聞こえた。


「私、ずっと待ってたのよ?婚約までしたのに私を捨てたりするはず無いって。あの女に騙されただけよね?ただの浮気、そうでしょ?ただの気の迷いなんでしょ?大丈夫、その女を捨てて戻って来てくれるなら浮気くらい許してあげるわ。」


その瞬間、俺の中で何かがプツリと切れた。


続いて堰を切ったように怒りが込み上げてくる。

気がつくと言葉が溢れ出てきていた。


「はぁ?浮気なんかしてねぇよ!こっちは真面目に付き合ってきてたんだよ!人を勝手に浮気者呼ばわりするなよ!ってか人違いなんだよ!俺はお前なんか知らねーし、付き合った覚えも無ぇ!」

怒りに任せて続ける。

「そもそも!俺が投げたのは右手のペアリングなんだよ!早とちりしてヘラってんじゃねぇよ、この勘違い女がぁ!!」

叫ぶど同時に力任せに薬指のに巻き付いた髪を引き千切る。

ブチブチと髪が切れる音と女の絶叫が響き渡る。

ハァハァと肩で息をしながら辺りを見回すと女の姿は見えなくなっていた。


Bちゃんは未だに虚ろな顔をしていたが肩を掴んで声をかけると意識を取り戻し、

「あれ?さっき、、、」

と不思議そうな顔をしていた。



その後が大変だった。

夜の住宅街で叫んだのが不味かったのか誰かが通報したらしく警察に声をかけられBちゃん共々ご厄介になってしまった。

Bちゃんはまだ状況を飲み込めていない様だったが「飲み会の帰りに不審者が出たので大声を出して追い払った」という事で口裏を合わせてもらい、なんとか誤魔化した。


酔っていた事と実際に偶に不審者が出ていたらしい事からその場で軽く事情聴取と注意を受けただけでなんとかなった。


それからは特に変な事も無く過ごしている。

俺から言える事は「浮気はしてはいけない」って事だけだ。

左の薬指はまだ空だけど、右側には今は新しい指輪が着いている。










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