第11話 曰くの古民家

 仕事で週に一度お伺いするお客様の家の隣に売出し中の古民家がある。植え込みに囲われた車を数台停めても余りある広さの庭、古い木造建築だが味のある瓦屋根の家屋。

先週までは誰か住んでいたはずだったが今は家の外壁に「売り物件」と書かれたプラスチックのボードが貼付けられている。

「これで知ってるだけで3回目か。今回は4ヶ月くらいだったな。」

ここへ通う様になって2年、その間だけでも3回も入居者が入っては数ヶ月で退去を繰り返していた。

お客様であるお婆さんとの雑談の中で話題を振ってみる。

「あの家、また空家になっちゃいましたね。」

「あぁ、また幽霊が出たらしいよ。」

お婆さんは苦笑しながら答える。

そう、あの家に住んだ人はことごとく幽霊に遭遇してしまうらしい。今回の住人も幾度となく幽霊を見てしまい、その結果すぐに退去していってしまったらしいのだ。

「お祓いとかしてないんですかね?」

「もう何回もやってるよ。それでもなんも効果はないみたいだね。そもそも最初住んでた人も病気で病院で亡くなってるから、事故物件でもないからね。不動産屋も困ってるみたいだよ。」

そんな会話を交わしてお婆さんの家を後にした。

少し離れた所に停めた社用車に戻る途中に例の古民家を見上げる。

首の後がゾワリとする。

二階の締まりきっていない雨戸、その隙間にこちらを見つめる人影を見た。

私は昔から少しだけ霊感があり、たまに見てしまうことがある。そうした時は決まって首の後が粟立つ感覚があるのだ。

視線を感じるその道を通る気になれず古民家の裏手に回る方の道を行くことにする。少し遠回りになるがたかがしれている。

「ビビリ過ぎだろ。」と自嘲しながら早足で歩く。

 古民家の裏手側は少し入り組んでいて植え込みにそって左に曲がり数メートルして直ぐに右に曲がる、そしてまたすぐに左に曲がる様になっている。田舎の住宅地はこういった奇妙な区画が多い。

その為路地の見通しが悪く馴れてないと迷ってしまうことも多い。私も新人の頃はよく変な道に入り込んでしまいあたふたしたものだ。

そんな事を考えて気を紛らわせながら歩いているとちょうど右に曲がる所で植え込みが途切れている所を見つけた。

その隙間は生茂った雑草と大きな庭木があって隙間があっても外側から見えなくなっているので問題は無いだろうが「何故隙間が出来たのか」少し気になった。庭木の根っこが張り出してきて途切れてしまったのかと足元を覗き込む。

雑草が深々と生えているせいで見えにくいが朽ちてボロボロになった30センチ程の板ぎれが草に隠れるように落ちていた。

恐る恐る板を持ち上げた瞬間に硬直する。

背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

板ぎれの下には同じ様に朽ちた木切れに埋もれる様に割れた地蔵が横たわっていた。

かなり小柄なお地蔵さまで肩口から袈裟斬りにヒビ割れてしまっていた。

慌てて板を戻し、とりあえず手を合わせ謝ってから立ち去った。

あれは、おそらく、、、

 翌週、またお客様のお婆さんと話をしている時に話してみた。

「先週あの家の裏手側を通った時に朽ちた祠とヒビ割れたお地蔵さまを見つけたんですよ。木や草に隠されてしまってて誰も気がつかなかったみたいですけど、あれが原因なんじゃないですかね?」

私がそう訊ねるとお婆さんは目を見開き驚いた顔をしたが少し何かを考えた後、不敵な笑みを浮かべて話出した。

お婆さんが話した内容はこんな話だった。

 あの古民家は以前はお婆さんの本家筋にあたる一族の家だった。今の当主は若い頃から都会に出ていってしまい、相続したあの古民家も不動産屋に売って戻ってくる気はないらしい。

お婆さんがまだ子供だった頃にあの家は建てられたが住みだしてすぐに幽霊騒ぎがあったそうだ。

どういった現象があったのかは解らないが、当時はまだいた拝み屋のような人物を呼び見てもらったそうだ。

拝み屋が言うにはあの家は霊道の上に建ってしまっていて霊の通り道になってしまっているとのこと。

そして、霊道を塞ぐ為に土地を削り鬼門除けをしてさらに鬼門封じにあの小さい祠が建てられたという事だった。だが家に人が住まなくなり手入れされることもなくいつかの台風で朽ちた祠は崩れ、中のお地蔵さまも割れてしまい封じが効かなくなってしまっているんだろう。

「言っちゃ悪いが今の神主はヘボだからね、霊道や祠の事も気がつきゃしない。いくら形ばかり家をお祓いしたって無駄なのさ。」そう言ってお婆さんは呆れたように笑った。

「不動産屋や今のご当主さんには教えてあげないのですか?」

私が訊ねるとお婆さんは渋い顔をして首を振る。

「アソコが塞がると霊道がズレて私の家や周囲の家に霊が出るようになっちまうんだよ。住んでる者が居ない家を通ってもらうほうが皆ありがたいのさ。だから誰も何も言わない。アンタも余計な事言っちゃいかんよ?」

そう言ってお婆さんはニヤリと笑った。

やはり人間が一番怖いな。

そう思いながら社用車に戻る道を歩いていると視線を感じて古民家に目をやる。

閉まりきらない雨戸の隙間からナニカが、こちらを見ている。

ソレがニヤリと笑った気がしてすぐに目を逸らした。

「居着いちゃってるのもいるみたいだけどなぁ、、、」

まぁ関係ないか。

また何も知らない主が引越して来ては、出てゆくのだろう。

そんな事を考えながら社用車に乗り込もうとした時だった。

「じゃあ私も引越ししようかしら。」

耳元でナニカが囁いた気がした。


 







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