第14話 初夢童子

 あれは私が20歳になった年の年末だった。

大学で家を出ていた私も母方の祖父母宅に帰省して新年を迎えようとしていた。

普通は父方なのかもしれないが父方の祖父母は私が幼い頃に亡くなってしまい、それからは母方の祖父母宅に集まるのが年末年始の定番となっていた。

祖父母宅には叔父一家も来ており高校生になった従姉妹の楓ちゃんも来ていた。

ウチの一家3人、叔父一家3人、そして祖父母と中々の大所帯だが祖父母宅は古いが昔ながらの広い家なので不自由はなかった。

東京に上京していた私を「お姉ちゃん」と慕ってくれる楓と流行りのメイクや恋バナなんかの雑談をしながら紅白を見たりして新年を迎えた。

元旦は近所の神社に初詣をしたり、挨拶に来た近所の人の相手をしたりして忙しく過ごし、いつしか私は眠りについた。


 気がつくと私は薄暗い仏間に正座をしていた。

目の前には着物に身を包んだ黒髪の少女が向かい合う様に座っている。鮮やかな赤い生地に大きな白い椿の花の模様をあしらった綺麗な着物は薄暗い中でもハッキリと見えた。

少女の手元にはお手玉が置かれている。

黒、赤、茶色、ピンクのお手玉がそれぞれ2つ。


 少女はそれを手に取るとニコリと笑い、器用に放り投げて遊び始めた。カラフルなお手玉が華麗に宙を舞う姿はもはやお手玉遊びというよりはジャグリングの様だった。

「すごい、、、」

思わずそう口に出した瞬間に少女の動きが乱れる。

綺麗に舞っていたお手玉の動線から2つのお手玉が飛び出し畳の上に落ちる。

落ちた赤と黒のお手玉は破れてしまい中に詰まっていた小豆が溢れ出てしまっていた。

遊びの邪魔をしてしまったと思った私は少女の顔に視線を移すと、少女は尚も笑ってはいた。

だが、お手玉をする前の様な可愛らしい微笑みはそこには無くなく。

何か生理的に拒絶したくなるような、とてもいやらしい笑みに変わっていた。

「ふたつ、いただく、、、」

そう少女が告げた途端、畳に溢れた小豆が溶けて赤黒い液体に変わり少女の袖に吸い込まれていく。そしてその液体が染み込んだかの様に白かった椿は紅い花に変わっていった。

目の前の光景に唖然としる私の前で少女は満足そうに椿を眺め、嬉しそうに笑っていた。


 目が覚めると客室の布団の中だった。

こんな時期だというのに寝汗で服がびっしょりと湿っている。

起き上がろうとした途端に激しい頭痛に襲われた。

「二日酔いかなぁ、、、最悪。」

昨日は慣れない日本酒も飲まされたからそのせいだろう。

だるい身体を引きずりながら客間を出て階下に降りる。祖父母達に「おはよう」と挨拶をしてシャワーを浴びる。着替えて居間に向うと楓が「お姉ちゃんおはよ。」と水を差し出してくれた。

ありがとうとお礼を言って水を飲んでいると楓が嬉しそうに話しかけてくる。

「私ね、麻婆茄子を食べてる夢見ちゃった!確か初夢で茄子って縁起いいんだよね?ラッキーな一年になりそう。」

そう言ってはしゃぐ楓を見ながら昨夜の夢を思い出す。

「私はなんか怖い夢みちゃったわ。初夢が悪夢とか幸先悪いのかな?」

それからお互いに夢の内容や夢占いについて談笑をしていた。

すぐに話題もころころと変わりいつもの年末年始が過ぎていった。


 その数ヶ月後、楓の両親が他界した。

山道での単独事故だった。

楓は部活にいっていた休日に夫婦でドライブに行った先での事故だったので楓は無事だった。何かを避けた様な急ブレーキと急ハンドルの跡があり、飛び出してきた動物でも避けようとしてガードレールを突き破って崖下に転落したのだろうということになった。


 叔父夫婦のお葬式の日、祖母に別室に呼び出されて変な事を尋ねられた。

「夢でお手玉を邪魔しなかったか?」と。

その時はなんの事かわからずに曖昧な返事をして誤魔化した。

祖母も「そうよね、そんなはずないものね。」と良くわからない事を言ってなにやら納得していたが、後になってあの初夢を思い出した。

確かに私が声を出した途端にお手玉は乱れ、失敗していた。

しかし、そんな事がなんの関係があるのだろうか?

私のせいで叔父夫婦が事故にあったとでも言うのだろうか?

そんな馬鹿な事があるわけない。

そう思ったがなんとなく胸の中に罪悪感が生まれてしまい、それから楓にどう声をかけたら良いのかわからなくなってしまった。


 楓は祖父母に引き取られ、祖父母宅で生活するようになったが私はそれから祖父母宅にはあまり寄り付かなくなった。年末年始も両親は変わらず祖父母宅に行っているが、私は課題やバイトが忙しいと適当に理由をつけて実家にすら帰らなかった。


 それから数年が経ち、私はそのまま都内で就職して忙しいながらも楽しい日々を送っていた。

大晦日と元旦を友達と飲んで過ごし、深夜にワンルームに帰宅して倒れるように眠りについた。

ピリリリリッ ピリリリリッ

スマホの着信音で目を覚ます。

もう昼過ぎだった。

頭が痛くて身体がダルい、新年から二日酔いだ。

こんな事、前にもあったな~なんて思いながらスマホを見る。着信はもう止まっていた。

スマホには通知が沢山溜まっている。

友人やSNSからのあけおめのメッセージばかりだ。

メッセージの返信をしながら「そういえば着信があったな」と思い出し着信履歴を見る。

友人や親からの着信に混じって「楓」の名前があった、それも今朝方から何度もかかってきている。

新年の挨拶?

なんで今更?

何かあった?

色々な考えが入り混じる中、手の中でスマホが震える。

楓からの着信だった。

びっくりした拍子に電話に出てしまった。

スマホの画面が通話に変わる。

「もしもし?」

恐る恐るスマホを耳にあてて話しかける。

「あ、お姉ちゃん?やっと繋がった。」

普段の楓の声だ。安堵した私は言葉を返す。

「か、楓、あけまし、、、」

「やっぱりアンタのせいだった。」

私の言葉を冷たい声が掻き消した。

「昨日の夜、お祖母ちゃんに聞いたの。ウチの家系の女は二十歳の時に同じ初夢を見るんだって。それはウチの家に憑いた座敷童子様の夢で、ただ黙って見ていればいい。決して声を出したりして邪魔をしなければいい事があるからって。」

「楓?どうしたの?なんの話?」

呼びかけても答えない、楓は淡々と話を続ける。

「その時に思い出したの、お父さんとお母さんが死んだ年にアンタが夢の話をしていたのを、だから私は聞いてみた。お姉ちゃんも見たのかな?って。お祖母ちゃんはあの子は本家筋の子じゃないから見てないはずだって言ってた。」

「でも私は知ってた。お葬式の時にアンタがお祖母ちゃんに夢の事を聞かれてすっとぼけてた事を!」

楓の声に怒気が混じる。

とぼけていた訳じゃない。

そう弁解したかったが楓の声に圧倒されて言葉は出ては来なかった。

「私ね、夢を見たの。」

また、冷たい声が響いた。

「あの日お姉ちゃんが言ってたのと同じ夢。着物の女の子がお手玉をしてた。すぐにわかったよ。お手玉が6個に減ってたから、コレは私達なんだって。アンタが邪魔して減らしたからお父さんとお母さんは死んだんだって。」

気づけば私は涙をポロポロとこぼしていた。

恐怖と罪悪感と混乱で何も言えずにただ、泣いていた。

「だから、全部叩き落してあげたの。」

「え?」

一瞬何を言われたのかわからなかった。

一変して楽しそうに話す楓の言葉が私を包む。

「皆許せなかった。ちゃんと話てくれなかったお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、同情したフリして優しくしてくるアンタの親も。謝りもせずに逃げてばっかのアンタも。皆居なくなっちゃえばいいんだ!だから全部叩き落して突き飛ばしてやった。これで皆死んじゃえばいいんだ!アハハハハハ!」

震えて床に落としたスマホからは、いつまでも楓の笑い声が響いていた。


 その日の夜、祖父母宅は火災で全焼した。

誰一人逃げられずに祖父母も両親も、そして楓も焼け死んでしまった。


私はまだ、生きている。


でもきっと生き残れはしないのだろう。

今もこの話を打ち込んでいるパソコンのモニター越しに、赤黒い着物に身を纏った少女が私の背後で見覚えのある不気味な笑顔で立っているのだから。




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