第23話 イブの夜の、、、
ヘッドライトの明りが闇を切り裂いて揺れる。
駐車場に滑り込んで来たワンボックスを眺めながら私は無言でトレイをそっと準備した。
地方都市郊外のとある山の麓のファミレス、
ここが私のバイト先だ。
時刻は午後21時、地獄の様だった夕食刻も過ぎて閑散とした店内には喫煙席エリアでノートPCでカタカタと仕事をしているであろう若いサラリーマン風の男。
そして少し前に入店してきては奥のボックス席で大声でイチャつくバカップルの二組しか客はいない。
「ホテルいってからイチャイチャしろよ。どーせこの後は近くの安ホテルにしけ込むんだろ。」
心の中で毒づきながら外を眺める。
店の入口脇に置かれた大型の鉢に植えられた木にはキラキラとイルミネーションが輝き、天辺付近には星の飾りが鎮座している。
そう、今日はクリスマス・イブだ。
「何が悲しくてこんな日にバイトなんてしてるんだろうね。」
そんな事を考えていると先程荒々しく駐車場に入ってきたワンボックスから人が降りて入口に向かってくるのが見えた。
人影は四つ、男が三人、女が一人。
暗い駐車場をチラリと確認してトレイにおしぼりと水を準備する。
ガチャリと音を立てて入口のドアが開く。
一呼吸おいて「いらっしゃいませ~」と声をかけながら一歩踏み出そうとして足が停まった。
ダウンジャケットやコートに身を包んだいかにも今時の若者風の男三人、だがその顔は青ざめて薄ら笑いを浮かべている。そしてその後ろには彼らを睨みつける夏服の学生服を着た少女が佇んでいた。
「あいつら、やりやがったな。」
心の中で溜息をついてトレイから一人分の水とおしぼりを下ろす。
このファミレスの裏手にそびえる山には地元では有名なとある心霊スポットがある。
噂では霊道になっている所になにやらあって色々な霊が溜まりやすくなっていて淀んでいるだかで様々な怪奇現象が起きるらしい。
そこへ向かう山道に入る手前にあるという立地上、
このファミレスには良くこういった
「肝試し帰りにお持ち帰りしたお客」
が来店される事も少なくはない。
非常に迷惑である。
そんなお客様に遭遇してしまった時の対応はひとつ。
「見えないフリ」をする事だ。
以前、同僚が幽霊だと気づかずに余分に水を出してしまった事で生きてるお客には怒鳴り散らされ、さらに生きてないお客と目があってしまったのが良くなかったのか乗り換えられてしまった。
心霊スポットの性質上フットワークの軽い霊が多いのだろう。
肝試しに来た奴に憑いて淀みから抜け出した後はより相性のいい相手を見つけて移動する奴も多いようだ。
だから決して目を合わせたり気づいていると悟られる行動はしてはならない。
その事を再確認して客席へ向かう。
サラリーマンがいる喫煙席エリアの手前に陣取った彼らに改めていらっしゃいませと挨拶をして水を置き注文を取る。
去り際に目を合わせないように視界の隅で少女を捉えつつ、何も言われなかった事にやはり幽霊だった事実を感じて気持ち足早に立ち去った。
「まったく、イブの夜に男ばっかで肝試しとか寂しい奴らめ。どうせなら生きてる女をお持ち帰りしろよな。」
心の中で文句を垂れ、彼らが入って来た店の入口を見つめる。
キラキラと輝くツリー、何度も言うが今夜はクリスマス・イブなのだ。
「バイトしか予定の無い私よりは、遊べる友達がいるだけアイツらの方がマシなのかもな。」
ポツリと呟いてから自分の言った台詞を噛み締める。
途端に強烈な孤独感や虚しさ、惨めな気分が溢れ出してきてしまった。
ヤバい、ちょっと泣きそうだ。
その時に厨房から三人組の注文品が出来た旨を伝えられて我に返る。
目の端に滲んだ涙を袖口で拭き取ってトレイに乗せられた品を三人組の元へ運ぶ。
三人組の席には少女の姿は見えなかったがその席のあたりだけジメジメした嫌な空気感があり、きっとまだ居るのだろうという事だけ理解できた。
トレイに置かれた山盛りのポテトをテーブルを置いてさっさと立ち去る。
三人組もこちらの事等どうでもいいのだろう。
先程行ってきたのであろう心霊スポットでのそれぞれの体験を語り合っていた。
少し落ち着いたのか入ってきた時の余裕の無い苦笑いとは違った笑みが浮かんでいた。
三人組の席から戻ろうと踵を返した時、喫煙席で仕事をしているであろうサラリーマンの姿が目に留まる。
「この人もイブの夜に仕事をしているんだよな。」
そう考えた私はドリンクバーのコーナーに向かい珈琲の入ったポットと砂糖を手に取りサラリーマンの元に向かった。
「珈琲のおかわりはいかがですか?」
そう声をかけるとサラリーマンは驚いた顔をしていたがすぐに笑顔を浮かべて
「ありがとうございます。」
と空になったカップを差し出してきた。
「お砂糖はひとつ、ミルクは無しで良かったですか?」
そう言って砂糖をテーブルに置く。
これは最初に自分でドリンクバーコーナーに珈琲を取りに来た時に見ていたので覚えていた。
「長居してしまってすみません。」
「いえいえ、どうせ空いてますしお気になさらず。」
「お仕事大変ですね。」
「お互い様ですよ。」
そんな感じで二言三言雑談を交わしてホールの待機場所に戻ると三人組が席を立ちレジの方へ向かっていくのが見えた。
まだ入店してから10分程しか経っていないが恐らくどこでもいいから明るく人がいる所で落ち着きたかっただけなのだろう。
チラリと見たテーブルに置かれたポテトは半分も減っていなかった。
会計を済ませて立ち去る三人組を眺めつつ
「最終的にどいつがお持ち帰りするんだろうな。」
とか考えていたが、ふと違和感を覚えた。
同時に嫌な予感が全身を駆け巡る。
少女の姿を見ていない。
自分自身そんなに常に見える程の霊感があるわけでもないのでその事自体は気にする事でも無いのだが、先程の三人組からは彼らの席にいった時の様な湿った嫌な空気感も無かったのだ。
まさかと思い彼らの座っていた席へ向かう。
残されたグラスとポテトそして、、、
「あいつら、やりやがったな。」
入ってきた時と同じ台詞を3倍ぐらいの怒りを込めて心中で叫ぶ。
パッと見は誰も居ない無人の座席。
だが、席奥のガラスに反射した店内のその席には一人座った少女がはっきりと映って見えた。
テーブルの上を良く見ると備え付けの塩がかなり減っていた。案内した時にはもっと入っていたのは確認しているしポテトにかけたとしても減り過ぎだ。
座席や床をよく見ると塩らしい粒がバラバラと落ちている。
「見えてなかったクセに一応撒いていきやがったのか。どーすんだよコレ。」
絶望に打ちひしがれながら皿とグラスをとりあえず下げる。
問題は塩である。
片付けない訳にはいかないが恐らくあの塩で動きが制限されているであろうあの少女の霊が塩を片付けた途端に自分に憑いてくる可能性は高い。
多少の霊感はあるが払ったり等はさっぱりだ。
どうしようかと悩んでいると今度はバカップルが席を立ち会計に向かう。
相変わらずイチャイチャオーラ全開で腹立たしい。
レジを打っていると視界の端でサラリーマンが席を立つのが見えた。サラリーマンも会計かなと思っていたが彼は何故か三人組の座っていた席の方へ向かい小さな紙を取り出して何やらやっている。
そうした後で彼はこちらに向かってきたかと思うと
「すいません、お手洗いお借りしますね。」
と言ってレジ横のトイレに向かっていった。
「イブの夜にリーマン一人とかさびし〜」
とかバカップルの女が言っていたがまるで気にした様子も無くスルーしてトイレに入っていく。
バカップルは気付いていないがすれ違い様に男のポケットにあの小さな紙をこっそり入れたのを私は見逃さなかった。
会計を済ませて立ち去るバカップルを、いや「三人組」を見送りながら私は呆然としていた。
そこへサラリーマンがトイレから出てきたので声をかける。
何をしたのか?あの紙はなんなのか?疑問は沢山あった。
「いや〜、紙を入れるのも気づいてたんですか?本当に良く見ている。実は実家がちょっとそっち方面の家系でしてね。僕自身は除霊とかは得意じゃないんですが移し替えるくらいなら割と簡単に出来るんですよ。あんなの置いていかれても迷惑ですからね。」
なんでもないかの様ににこやかな笑顔で答えた。
「いやぁ充分すごいですよ。」
「でも悪い事をしてしまったかもしれませんね。」
「え?」
「学生さんにホテルは教育上良くなかったな、と思いまして。」
「たしかに。」
そうしてお互いに吹き出して笑ってしまった。
それから彼は一時間程仕事を続けてから帰っていった。
去り際に彼は小さな御守りを手渡してくれた。
「恐らくですが、もうそろそろ帰ってくるかもしれませんので。それにここはさっきみたいな心霊スポット帰りのやからも多いでしょう?
それを持ってれば大抵の霊は憑いてこれませんので大丈夫ですよ。」
そう言って去っていった。
彼の言葉の意味を理解した私はすばやく全席の備え付けの塩を片付けた。
その後、彼の予言通りに飛び込んできたバカップルが外が明るくなるまで震えていたのをニヤニヤと眺めながら私のクリスマス・イブは過ぎていったのだった。
サラリーマンの彼はそれからちょくちょく店に来る様になり、今では一緒にイブを過ごす様になった。
そう、これは私と彼との出会いのお話。
完
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