第24話 まぶたうら

 大学時代の友人Aから聞いた話だ。


 半年程前、Aは会社の後輩のBから「相談したい事があるので飲みにいきませんか?」と誘われた。

Bとは今は違う部署で働いていたがBが入社してきた時の教育係がAであり、当時はとても可愛がっていた。部署が離れてからは特に交流も無かったが久々の連絡に嬉しくなり快諾した。


 久しぶりに会ったBは明らかに当時より窶れていたが、それよりもAが気になったのはBの異常に充血した目だった。

半個室になった居酒屋で、とりあえず乾杯した。

つまみの到着もそこそこにAは

「どうしたんだ?」と質問したがBは中々口を開かなかった。

しばらくは他愛の無い話をしていたが注文した品が出揃った頃、ようやくBはポツポツと相談したかった話を語りだした。


一月程前から妙な事が起き始めた。

最初は就寝しようと目を閉じた時に覚えたちょっとした違和感だった。

「想像してみてくださいね。」

そう言ってBは説明を始めた。


「目を閉じると視界は無くなってしまいますが完全に何も視えないわけでは無く、光の残像が点滅しながら漂っている様なモノが見えませんか?

また目を閉じたままでも灯りのある方を向けば背景の暗闇が白んで見えたりしますよね。」

言われた通りにAは目を閉じて天井の照明の方を向いたりしてみた。

「その状態で目の前に手をかざしてみてください。暗さが増して見えて無くても手があるのが判るでしょう?」

Bの問いかけにAは頷く。

「最初はそんな感じで寝ようと目を閉じても目の前に何かがある感じがする様になったんですよ。」

そんなもの気の所為だろうと一蹴しようとしたが

「まぁ最後まで聞いてくださいよ。」

そう制止したBの血走った目が怖くてAは黙って続きを聞く事にした。

「それで目を開けてみてももちろん暗い天井が見えるだけ、僕も気の所為だと最初は思いましたよ。」

しかし、数日経った頃に段々とナニかが見えてきている事に気がついたらしい。

「ただ、見えてきていたのは『目を閉じている時の方の視界』だったんですよ。」

Bは真剣な顔で呟いた。

真っ暗な背景の中、光の残像が漂うだけの世界に変化が起きた。

視界の中心辺りに一際濃い闇がある、それが妙な気配の原因だと感じてはいた。

だがその闇の中に二筋、他の漂う光の残像とは異質な線が浮かんでいるのがわかった。

「筋の位置的に直ぐにわかりましたよ。あ、これは目だ。って。」

理解してしまってからは早かったという。

日が経つ毎に次第にその『闇の顔』はハッキリと見える様になっていった。

「えぇ、そうです。良く有る怪談話でもある様に、つまり近づいて来ているんですよ。」

苦笑しながらBが呟く。

「ただね、近づいてくるって言っても目を開けた世界の距離とかは関係無いんです。うつ伏せに寝てたって関係無く見えるんですから。」


『僕の瞼の裏の世界で近づいて来ているんです。』


 そう力説するBを見て、Aはこの時はまだ

「Bにどうやって精神病院に行けと説得するか。」

を考えていたが、とりあえずは話を最後まで聞いてあげるつもりでいたらしい。

曖昧に頷きながらも「大変だったな。」とか「それでどうなったんだ?」と返事をして続きを促した。

BはAが注いでやったビールをグイと飲み干すと泣きそうな顔で話を続けた。


 この頃には恐怖と見つめられるストレスで極度の寝不足になり仕事にも支障をきたすようになっていたので病院にも行って睡眠薬等の薬も飲むようにしていたらしい。

それでも『闇の顔』はどんどん近づいてきたが『目』以外はずっと深い闇のままだった。

ただその『目』だけがまるで至近距離に居るかの如く闇の中でハッキリと見えていた。

「それで、ついには目を開けている時にも残像が見えるようになってしまったんです。」

俯いたBが力無く呟いた。

目を閉じると光の残像が見える様に、普段起きている時でもふとした瞬間に目を閉じてしまった時や瞬きをした時、目の前にこちらを見つめる双眸の残像が見えてしまう。


「もうね、目を閉じてても開けてても僕を見つめる目があるんですよ!ずっとずっとずっとずっと見られてて!もう目を閉じたく無いのにそんな事出来ないじゃないですか?どうすればいいんですか?」


Bは急にそう喚きだすといきなり自分の瞼を摘みあげるとテーブルの上の竹筒に入れられた焼鳥の刺さっていた串を掴んで突き刺した。

Aは慌てて止めようとしたがBはもう片方の瞼も同じ様に串で突き刺した。

店内は大騒ぎになり警察と救急車が呼ばれBは運ばれていった。

Aは警察に事情を聴かれる事になり、最初は傷害の疑いも持たれていたがBが自ら串を突き刺していたのを見ていた客も居た為に軽い聴取だけで解放された。

Bは瞼の治療をされた後に精神病院に入院が決まり、会社も退職してしまった。


「その後どうなったのかはわからない。Bの親がこっちに住んでた部屋も引き払って実家のある田舎の病院に連れて行った。って話を同僚伝いに聞いただけだ。」


「でもな。」

そう続けるAの目は充血して顔色は悪い。

「多分、俺は目の前で話を聞いてあんな場面を見ちゃったからだと思うんだけど。先月位から、目を閉じると瞼の裏に目が見えるんだ。アイツが、Bが言ってた通りの事が俺にも起きてるんだよ。病院?もちろん行ったさ、眼科にも精神科にも行ったけどダメだった。」

そう言ってAは俯いた。

私はどう声をかけていいかわからず戸惑っていたがAは顔をあげると私に詰め寄ってきた。

「お前、確かオカルトとか好きだっただろ?ここまで来たらもうお祓いでも受けようと思ってるんだ。なんか伝手とかいい神社とか知らないか?」


なるほど、それで暫く連絡も取ってなかった私に急に相談が来たのか。

私はそう納得したが、私自身に霊感は無いし幸か不幸か心霊体験も無い。

もちろん霊能者の知り合いも居ない。

そう断わってから比較的近場の目にご利益のある神社を紹介してあげた。

Aは少々不満そうだったがもう頼る所が無いのだろう。渋々だが納得してくれた。


 そんなAの訃報が届いたのは昨日の事だった。

詳しい死因は怖くて聞けなかった。

Aとの別れ際に彼が呟いた言葉が甦る。

「これも気の所為だと思うんだけどな、多分Bは死んだんだと思うんだ。何故って?俺を見つめる目がさ、Bの目にそっくりなんだ。」

そしてAは最後にポツリと「悪いな。」そう溢して去っていった。


 私は今、目を閉じるのが怖くて仕方が無い。

昨夜、私の瞼の裏の世界の闇がいつもより濃くなっていた気がするからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る