第25話 エレモニ

 私の友人のB君から聞いた話。

B君はもう辞めてしまったのだが以前はウォーターサーバーの水の配達の仕事をしていた。

色々なお宅を配送するのだが基本的に定期購入のお客様が多いので定期的に訪問する配達先が沢山ある。

これは、そんな配達先のひとつであった話。


 そこはオートロックマンションで一階の入口でインターホンを押して解錠してもらって中に入る。

お客様と話をしたりはせずに中に入ったら部屋の玄関前に出してもらってる空容器と交換してくる。

そんなタイプの配達先だった。


 その人の部屋は13階でエレベーターであがって行くのだが、そのエレベーターは変な事がちょくちょくあったらしい。

容器を交換してエレベーターに乗ろうとしたら下からあがってきたエレベーターが自分のいる階を通過して上にいく。通過する時にチラっと見えた中には誰も居なかったので上から誰か乗って来るのかと思ってたけど降りてきたエレベーターの中には誰も居ない。

他にも下からあがってくるエレベーターの表示がずっと6階で停まっているから「なにかやってるのかな」と思っていたら急に表示が10階になってその後は11階12階13階と正常にあがってきたり。


それでも不具合といえば不具合で納得出来る範囲のものばかりだったのでB君もそこまで気にしていなかった。


 B君が仕事を辞めるきっかけになったその日もいつも通りオートロックを解錠してもらいエントランスに入った。

この時はエレベーターが最上階の15階に停まっていたので、B君はボタンを押してエレベーターが降りてくるのを待っていた。

ふと階数表示のモニターの横についているディスプレイを見る。

このマンションは一階エントランスのみだがエレベーターの扉横にディスプレイが設置されていて、エレベーターの中の様子が見られる様になっている。

このディスプレイのことをB君達はエレベーターモニター、略して「エレモニ」と呼んでいた。

このエレベーターには箱の奥側にカメラが取付けてあり、エレモニにはエレベーター内に立つ男性とエレベーターの扉が写っていた。


 B君は男性が一階まで降りてくるだろうと思い、水を乗せた台車を扉前から少し動かして男性が出ていくスペースを確保すると再び階数表示に目を移した。エレベーターの表示は8階を示している。

B君はこの時「おかしいな」と感じた。

彼が台車を動かす前も表示は8階だったはずだ、目を離したのは十秒位で既にもっと下の階まで降りてきているはずである。

B君は男性が途中で降りたのかと思いエレモニを確認するが、エレモニには変わらず男性と扉の外を動く景色があってエレベーターが停止している様子はなかった。

「またモニターが故障でもしているのだろう。」

そう思ったB君はそのままエレモニを眺めていた。


唐突に、エレベーターの階数表示がフッと消えた。

同時にモニター内のエレベーターは停止して扉がスーっと開いていく。

B君の前の扉は開いていない。

別の階かとも思ったがそれでもおかしい。


モニターに映った扉の向こうは真っ暗な闇だった。


今は昼間だ、通路の灯りが消えていてもそんな暗闇にはなるはずがない。

男性はスマホでもいじっているのか手元を見ていて目の前の異変に気がついておらず、俯いたまま歩きだす。

思わず「ダメだ!」と口に出してしまったが聞こえるはずもなく、男性は闇の中へと歩き出していき、、、

そのまま闇へと消えてしまった。


モニターに映し出された光景に呆然としていたが、

突如聞こえた「チン」という軽い音にビクリとして我に返った。

目の前のエレベーターの扉が静かに開き、階数表示はいつの間にか1階になっていた。


B君はどうしてもそのエレベーターに乗る気になれなかった。

マンションにエレベーターはその一基しかなかったのでB君はその日、水を抱えて13階まで三往復して配達を終わらせた。

三往復目のお届けの時に水を回収しようとしていたお客様に遭遇し、

「どうしたの?」

と聞かれて戸惑ったが

「エレベーターがちょっと、調子が悪いみたいで」

と曖昧に答えるしかなかった。

するとその年配の女性はなんとも言えない陰鬱そうな表情になり、

「そう、大変ね。」

とだけ言ってドアを閉めてしまった。


営業所に戻ったB君は上司にこの事を相談してあのマンションの配達から外して欲しいと掛け合ったがまるで信じてもらえなかったので翌日に退職届を出したらしい。

退職までの数週間、そのマンションに配達がある時は

「体調が悪い」と言い張って休む様にしていた。

B君の替わりに配達にいかされた同僚は

「特になにもなかった」

と言っていたがそれでもB君の意思は固く、

そのまま退職したそうだ。


「それこそ信じてくれそうにないんで誰にもいってないんですけどね。」

話の最後にB君が言った。


「あの日、配達を終わらせて逃げる様にエントランスから出て、ふとエレベーターの方を見たんです。そしたらエレモニに映るエレベーターの中いっぱいに黒い子供みたいな影がいて、こっちに手を振ってるのが見えたんですよ。」




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