第13話 一夜隠し
「ひとりかくれんぼ」この話を聞いた時に俺は昔聞いたある儀式の話を思い出していたんだ。
それはとある山村の神社で行われる「一夜隠し」という儀式なんだが、もしかしたらこれは「ひとりかくれんぼ」の原形になったものなんじゃないかって俺は思っている。
まぁ俺が勝手に思ってるだけなんだが、どんな話か気になる人は聞いて欲しい。
これは俺が昔、祖父から聞いたちょっと怖い儀式の話で祖父も小さい頃に自分の父から聞いたご先祖様の話らしいから真偽は不明だ。
少し長くなるが聞いてくれ。
仮にそのご先祖様を彦助って名前にしておく。
彦助の住む山村にはとある儀式が伝わっていた。
その儀式は特定の周期で行われるのではなく、山で獲物が獲れない時期が続いた時に山の神を鎮める為に行われていた。
彦助が15歳になった頃に山で数ヶ月まったく獲物が獲れなくなり、儀式が行われる事になった。
まず、村から一人代表者を決めるのだが、どういう理由で選ばれたのかはわからないがその時はなんと彦助が代表者に選ばれた。
儀式の日、彦助は早朝から神社に呼ばれた。
そして儀式の為に予め作り、保管してある猿の毛皮に米を詰めて縫い合わせて依代を作らされた。
この時に頭の部分に彦助の髪を、胸の部分に血を染み込ませた布切れでヤマシキミの実を包んだものを入れて封をする。
こうして猿の依代を作り、同時に彦助との因縁を結んだことになるらしい。
何故こんな依代を作るかというと、山神は肉体を持たず、山の動物の死体に入り込んで生活しているとされていたからだ。山の獣、その中でもよく猿の死体を好んで使うから猿の毛皮で依代を作る習わしになったらしい。
その後は夕方まで身を清めたり儀式に必要な祝詞を覚えさせられたり祭壇の準備を手伝わされたりしたそうだ。
夕方になると神主が依代に神降ろしの儀式を行う。神主の祝詞の後に彦助が依代に短刀をひと刺してから先程習った祝詞を唱える。それが終わったら神主を含め代表者以外は神社の外に出る。
彦助は社殿の中に用意された四枚の屏風で囲われた中に入り、それから一晩を一人で過ごすようにと言われていた。
屏風には墨字でなにかお経のようなものがビッシリと書いてあり不気味だったが神主曰く「目隠しの祝詞」で山神から内側を見えなくする効果があるらしかった。
この時に彦助にはいくつかの禁が伝えられた。
1、口に山から湧き出した水を含み、日が登り依代に吹きかけるまで出してはいけない。
2、日が登るまで屏風の外を見てはならない。
3、儀式が終わるまで神社の敷地の外に出てはならない。
「禁を破っちまうとどうなるんだ?」
そう聞いた彦助に神主は神妙な顔で
「儀式は失敗となり山神の祟りが村全体に及び山の獲物だけでなく作物や川にまで被害が出る事になります。」と答え
「くれぐれも禁を破らないようお願いします。」
と念を押された。その真剣な表情に彦助は背筋が冷たくなっていくのを感じた。
それから神社の社殿の前に祭壇が用意され神降ろしの儀式が始まった。
伝承によると、神降ろしの儀式をした依代には山神が入り、日没と共に獲物を探し歩き回る。ただし因縁のついた代表者が居る神社からは出ることが出来ない為、代表者を探し出そうとするのだそうだ。
通常なら山神は依代にした動物の身体を自由に操り怪力を発揮したり素早い動きをするのだが、心臓部分に入れられたヤマシキミの実には毒があり、その毒が血に染み込み依代の身体を蝕む為に苦しみながら歩く事しか出来なくなっていると言う。
山神は依代に囚われ毒に侵されながら代表者を探し回るんだそうだ。
そのまま神社の中を彷徨い歩いた山神は毒が回り朝日が登る頃には力尽きる。
朝日が登ったら代表者は屏風の結界から出で依代を探し、口に含んだ水を吹きかけて呪いの言葉を告げる。
呪いの言葉を告げたら依代を持って神社の裏手の池に投げ込み神主を呼びにいく。
最後に神主が封印の祝詞を唱えて山神を封じ込めれば儀式は完了となるらしい。
屏風に囲われた空間に入った彦助はこれからそんな恐ろしいモノが徘徊する神社で朝まで一人、隠れていないといけない事に恐怖した。
神降ろしの儀式を終えた神主はすでに出ていってしまい、周囲は薄暗く静まり返っている。
彦助は身体を丸め動かないように座り込んでいた。
それからしばらく経って日が沈みあたりが完全に闇に包まれた頃、微かな物音がした。
カタカタカタカタと祭壇があった方からなにか小刻みに揺れている様な音が聞こえる。
彦助は膝を力一杯抱き締めいっそう身体を丸め恐怖に耐えていた。
ドサリと何かが落ちる音が聞こえた時には口に含んだ水を悲鳴と共に吹出しそうになるのを必死に堪えた。
ヒタリ、ヒタリ。
子供が歩く様な足音が聞こえてくる。
足音はゆっくりと歩き回り、彦助が隠れている社殿にも近づいてきた。
ゆっくりと、しかし確実に隠れている屏風の方へ近づいてくる。
奥歯がカチカチと震え水を零さないように必死に手で押さえる。目からは涙がポロポロと溢れた。
足音は屏風の回りを何周も歩き回る。
数分だったのか数時間だったのか、彦助にはとてつもなく長く感じたがしばらくすると一言、
「くちおしや、、、」
そう低く冷たい声がしたかと思うと足音は遠ざかっていった。
それでも彦助は恐ろしくて伏せて縮こまりながら震えていたがしばらくしてフッと空気が軽くなるのを感じた。恐る恐る顔をあげると薄っすらと明るくなってきているのがわかった。
そのまま日が登るのを待っ社て社殿からそっと外にでる。
やはり、と言うべきか社殿の外に組まれた祭壇の上に依代は無かった。
依代を探そうと辺りを見渡した彦助は振り返った瞬間にゾッとした。
社殿の戸の横、大きな柱の陰にジッと伏せるように猿の依代がいた。爪は床に食い込み今にも飛びかかって来そうな体勢だった。光を失った目が見開かれ、反対に口元は憎々しげに喰いしばられていた。
暫くは固まった様に身体が動かなかった彦助だがやがてハッとすると慌てて依代に近づき口に含んだ水を吹きかけると教えられた呪文を叫びながら依代を引っ掴んで裏の池に走り放り投げた。
神社の鳥居の所まで駆け戻り神主を呼ぶ。
夜が明けから待機してくれていたのだろう神主はすぐに来てくれて封印の儀式を行ってくれた。
「これで山神の魂は力を失い神社の池で浄化され、依代が朽ちて山の一部となりまた次代の山神が生まれるまでは山に平穏が戻ります。」
神主はそう言っていたそうだ。
これが祖父から聞いた儀式の話。
この話を聞いた時に俺は祖父が作ったホラ話だと思ったんだ、だって祖父の家があるのは山から遠く離れた海辺の町だったから。
そう言って指摘した俺に祖父は言ったんだ。
彦助の儀式から10年程経った頃、また儀式が行われた。その時の代表者が失敗したらしくてな。その男は山神に取り憑かれて神主を殺して山に逃げて行方不明。村には災害が起きてとても住めなくなってしまったから逃げてきたんだよ。ってさ。
「ひとりかくれんぼ」の話を読んでこの話を思い出した時に思ったんだよ。この儀式を考えた奴も、無くなった「一夜隠し」の村の子孫なんじゃないかなって。
みんなは、どう思う?
完
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