第12話 呪力強化訓練

 僕にはオカルト趣味の友人がいる。僕らは彼が大学に入学してきた頃に知り合い、友人となった。

彼と僕はオカルト仲間ではあるが好きなものの系統が少し違う。

僕は肝試なんかは苦手で怪談や都市伝説といったものを読むのが好きだった。

一方で友人の彼は呪術や儀式、占い等にハマっており出会ってまだ半年程であるが彼の住むアパートで散々コックリさんやよくわからない黒魔術の儀式なんかをやったものだった。

彼自身に霊感はあまり無いらしく、散々やった怪しげな儀式やコックリさんなんかでも何も起こる事は無かったが楽しくやっていた。

 そんなある日の事だった。大学で講義を受けていて少し離れた席に彼は座っていたのだが前日に夜更しでもしていたのだろう。彼はうつらうつらと居眠りをしそうになっていたので私はその姿を時々観察していたのだが、彼が完全に意識を手放しだした頃、一瞬彼がダブって見えたのだ。

その時は気の所為か自分も寝ぼけてでもいたのかと思ったが日を重ねる度にその頻度は増えていった。

トイレで鏡越しに、アパートの部屋で彼がドアを開けた瞬間に、そんな何てこと無い瞬間に彼の姿はダブって見えた。

 そしてその頃から彼の様子もおかしくなっていった。大学に行く頻度も下がり、明らかにやつれている。顔にもクッキリと隈が浮いているがその奥の双眸だけは妙に力強く輝いていた。

僕は彼を捕まえて問い質したところ、とんでもない事を彼は白状した。

彼は自分の霊感、というよりは呪力を向上させたくて独自の理論に基づき呪力強化実験を行っているらしいのだ。

要約するとこういう事らしい。

①幻視法を利用してイマジナリーフレンドを作る。

②鏡を併用することでイマジナリーフレンドに自身の姿を投影する。

③そのイマジナリーフレンドを依代に降霊術を行い疑似的なドッペルゲンガーを作り出す。

④ここまでを数回繰り返し複数体のドッペルゲンガーを生成する。

⑤明晰夢を見る方法を応用して自分の中でドッペルゲンガーと戦うことで自らを壺に見立てた蠱毒を行うことで爆発的に呪力をあげることが出来る。


筋が通っているのかわからない理論だが彼は大真面目に語っていた。

彼はかなり前からこの方法を思いつき、色々と実験や訓練を重ねていたらしい。

実家暮らしでは出来なかったが、一人暮らしになったから気兼ねなくやれる様になった。

もうすぐ三体目が完成しそうなんだ。

そう言って笑う彼からは不穏な気配が溢れているようだった。

心配だった僕は彼にそんな実験はやめろと説得しようとしたが、彼はまったく聞く耳を持たず帰っていってしまった。

立ち去る彼の背後でダブった彼が一瞬、振り向いたように見えた。片側の口端を上げてニヤリと笑う顔は今まで見たことのない不気味な笑顔だった。

 それから一週間、彼の姿を見る事は無かった。

授業にもサークルにも顔を出さず連絡もサッパリ反応が無い状態が続いている。

心配になった僕はアパートへ向かい歩いていた。

きっと変な実験のやり過ぎでおかしくなってしまったか倒れているかもしれないし、単に風邪でも引いて寝込んでいる可能性もある。

なんにしろ普通の状態ではないだろうと考え歩みを速める。

僕はアパートに付くと錆びた外階段を駆け上がり、彼の部屋のチャイムを押した。

数秒の間の後に「は〜い」と軽い感じの返事がありドアが開く。

そこには彼が立っていた。不思議そうな顔をしてこちらを見る姿は少しやつれてはいるが目の下の隈も無くなり思ったより元気そうだった。

ただその目に宿る眼光だけは依然として力強くも怪しい光を宿しているように見えた。

「待ってたよ、まぁとりあえず中へ入れよ」

そう言う彼に続き部屋へ入りあたりを見渡す。

見慣れた部屋であり特に怪しい影は見えなかった。

彼にここ最近の事を聞いてみると、三体目のイマジナリードッペル(彼はそう呼んでいた。)が完成したのでいざ戦いを始めたらしい。

だがどうやら作られてから時間が経つ程に奴らは身体に馴染み強くなっている様で、完成したての一体はすぐに倒せたがもう一体を倒すのに時間がかかり決着がつくまで数日間寝っぱなし状態だった。

「でもまぁ無事決着はついたから。」

そう言って片側の口端を上げて笑みを浮かべる彼の表情に得体の知れない気持ち悪さを感じて僕は「ちょっとトイレ」と言って席を立った。

ユニットバスと共用のトイレの便座に腰掛け思考を巡らせる。

あの気持ち悪い笑い方、出会った頃の彼には無かった癖だ。ここ最近、あの妙な訓練をする様になってから出来たものだとすると、もしかして彼は、、、

「よぉ」

不意に横から声をかけられてビクリとする。

声が聞こえた方はユニットバスがある方で今はビニール製のカーテンが閉じられている。そのカーテンの向こうから声が聞こえた。

立ち上がり恐る恐るカーテンを開ける。

「、、、うっ!」

あまりの事に声にならない声が出る。

そこには「彼」が捨てられていた。

四肢はもがれ無造作に投げ置かれ、胴体は胴体とわからない程に八裂きにされハラワタがぶち撒けられており、その上に首が転がされている。

あまりの光景に吐きそうになるが嗚咽が漏れるだけで何も出てはこなかった。

改めて「彼」を見る。

そして違和感に気がついた。

なんというか、現実感が無かった。もちろんこんな事は現実であって欲しくはないのだがそういう事ではなく、何か映像でも見ているような感覚になるのだ。「彼」を見つめ考える。

気づいたのは匂いだった。

腐臭どころか生臭さも血の臭いもしない。

これは、霊体なのか?

パニックになりかけた頭で思考を巡らせていると、彼の首がこちらにぐるりと向いた。

一瞬ビクりと身がすくむが恐る恐る彼の名を呼ぶと返事が返ってくる。

「よぉ、、、ちょっとしくじったわ。」

苦笑いを浮かべながら語る。

「ちと強いヤツを入れちまったみたいでさ、まさか自分の作ったモンに負けると思ってなくて油断しちまったよ。」

「そんな、大丈夫なのかよ?」

胸の中がザワザワする。

「いやぁ、やべーだろうな。負けたらどうなるとか考えてなかったし。俺の身体取られちまうだろうな。」

アハハっと力無く彼が笑う。

何か声をかけたいが言葉が出てこない。

頭の中がぐるぐる回り色々な記憶が入り混じる。

そんな僕に彼が急に真剣な表情で告げる。

「だから、どうせ取られるならお前に貰って欲しいんだ。俺が初めて作った最初の友達のお前に。」

その瞬間に全てを思い出した。

僕はこの部屋で死んだ。

そして部屋に地縛していた。

でも誰も僕を見てくれなかった。

今年の春、彼がこの部屋に来て見つけてくれた。

彼が友達になってくれた。

自由に動ける身体をくれた。

そうだ、僕は彼の、、、。

ドアの外で不愉快な声がする。

彼の身体で、好き勝手しようとしている。

「負けないよ、絶対に。」

彼と一緒なら。

彼の頭を抱き締め僕はドアノブを握った。











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