第17話 栗の思い出
大学生の頃に友人から聞いた話だ。
彼と部屋飲みをする為にスーパーで買い出しをしている時、レジ近くのコーナーに置かれた天津甘栗をを見て彼が一瞬ビクリとしていたのが見えた。
部屋で飲んでいる時にその時の事を尋ねると、彼は嫌な顔をしたがらもポツリポツリと語ってくれた。
彼がまだ小学校の高学年だった頃、彼は田舎で両親と祖父母、姉の六人で暮らしていた。
放課後や休日は野山を駆け回り川で泳いだり虫取りをしたりとどこにでもいる「田舎の少年」を満喫していたという。
夏休みも終わり秋を迎えた時期になったある日の午後、彼は祖父と山へ栗拾いに出かけた。
山道を歩き途中でアケビを見つけて採ったりしながらいつもの栗拾いポイントへ向かう。
小一時間程かけて歩き目的の場所へついた2人は栗拾いを始めた。
地面を落ちているイガ栗を転がして割れ目を見つけて靴で踏み、割れ目を拡げて栗を採る。
彼には既に慣れた作業だった。
他にも栗拾いに来ていた人がいたのか、
既に栗を採られていて空のモノもあった。
それでも充分な程に沢山落ちていて、
彼は夢中で栗拾いに精を出していた。
それから数十分もすると持ってきた籠の中には充分な量の栗が集まった。
少し休憩してから帰ろうと祖父と山道の脇にシートをひいて座り、持ってきたお茶とお菓子で休憩をする事にした。
先にお菓子を食べ終えて元気が有り余っていた彼は「もう少し栗探してくるよ」とまだ休憩している祖父を残し散策へ出かけた。
充分な量の栗は採れているので彼は「より大きい栗」を探して山中に分け入っていった。
時折振り返って木々の隙間に祖父の姿を見つけては栗を探して歩いて回った。
この山は小さな山ではあるが木々がかなり生い茂っており、今いる所は山道沿いでハイキングコースにもなっていて明るいが少し奥に入ると重なり合った葉が空を覆い昼間でも薄暗い。
何度も来ている山ではあるが奥深くまで入ったことは無く、今回も祖父から見える範囲での散策が祖父との約束であった。
少し山の奥の方に足を踏み入れた時、
彼は妙な栗が落ちているのを見つけた。
今まで拾った栗に比べて一回りくらい大きな栗、そしてサイズ以上に妙だったのが色だった。
通常の茶色に比べて黒い、確かに周囲は深い木々に覆われて暗いがそれにしても黒い。
まるでウニの様な黒い栗が沢山落ちていたのだ。
彼は一瞬不気味に感じたものの、すぐに
「大きい栗を沢山見つけた」事の喜びが上回り早速栗を取り出そうと手近にあった黒い栗のひとつを足で転がして割れ目を探した。
しかしいくら転がしても見あたらない。
仕方が無いので彼は両足で栗を挟み込み様に踏みつけて無理やりイガを剥く事にした。
グイグイと左右に力を加えて踏みつけていると
ミチミチミチッ!
と、まるで肉が裂ける様な嫌な音をたてて裂け目が入り、何か赤い液体が飛び散った。
ビックリした彼は慌てて足をどけ、反射的に蹴り飛ばした。
黒い栗はガサガサと地面の上を転がると木々の隙間から差し込む小さな木漏れ日の上でこちらに裂け目を向ける形でピタリと止まった。
木漏れ日に照らされた栗は赤黒く、そして裂け目の中は対照的に白いものが見えていた。
あれは、歯だ。
それも人間の。
そう理解した瞬間に、裂け目が、いや歯が、いや口が更に開き喋りだした。
「見つけて、、、見つけて、、、」
若い男の声の様だった。
「一人は寂しい、、、暗い、、、」
そんな言葉を繰り返している。
そしてその声に反応するかの様に、
ミチリッミチリッと他の栗にも裂け目が入る。
あまりの出来事に硬直していた彼だったが徐々に恐怖が湧き上がってきた。
膝が、足が、全身が震えて腰が抜けそうになった。
「あ、、、あ、、、」
叫び声を出したかったが上手くでてこない。
彼がなんとか後退りしようと一歩さがった時、
栗の声が止んだ。
そして、
「キャハハハハハハ!!」
と栗達が一斉に笑いだした。
「うわァァァァァ!!」
彼は今度こそ絶叫し、一目散に祖父の居る方へ向かって逃げだした。
木々の間を抜け、躓き、転びそうになりながら全力で走った。
ものの数秒で山道に抜ける。
叫び声が聞こえたのか祖父も慌てた様子で駆け寄って来てくれた。
上手く言葉に出来ずに泣きながら
「黒い栗が、、、喋って、、割れ目が、歯があって、、、」
と支離滅裂な説明だったと思うが、祖父は
「そうか、わかった。怖かったなぁ。ほら、お茶飲んで落ち着け。」
と優しく声をかけてくれて、
水筒のお茶を手渡してくれた。
彼がお茶を受け取り飲みだすと祖父は時計と空を交互に確認すると
「今日はもう時間が無い、明日にするか。」
と呟き、彼の背中を擦りながら
「今日はもう帰ろう。」
と言って帰り支度を始めた。
彼が栗を怖がったので栗は持ち帰らなかった。
帰宅した祖父は祖母に事情を話すとどこかへ電話をかけて何やら話し込んでいた。
翌日、祖父は近所に住んでいる駐在さんと宮司さんと共に朝から出掛けていってしまった。
昼過ぎに戻った祖父は祖母の用意した遅めの昼食の後、彼を部屋へ呼び話をしてくれた。
「アレはな、この辺りじゃ『インツゲさん』って呼ばれとる。お前が見たのは栗だったが他の木の実だったり、獣だったりと色々あるもんでな。山で死んだモンがおると姿を現して声を届ける。見つけてやってくれって教えてくれるイイモンなんだ。だからな、怖がらくてもいいんだよ。」
そう言って、祖父は彼の頭をポンポンと撫でてくれた。
「まあ、そんな話さ。」
と部屋で缶ビールに口を付けながら彼が呟く。
「じぃちゃんはイイモンって言ってたけど、俺には死者の言葉を真似て嘲笑ってる様にしか見えなかった。俺がビビりまくってたから安心させる為に言ったのか、本当にあの地域ではイイモノとして扱われているのかはわからないけどな。」
おつまみのチーズをひょいと頬張りながら彼が続けた。
「じぃちゃんの気遣いも虚しく、今でも栗もウニもダメなままさ。」
そう苦笑いを浮かべて、彼はまた缶ビールをグビリとあおるのだった。
完
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