第7話 ドッペルゲンガーの憂鬱

 「なぁ、前に俺のドッペルゲンガーが出たって話したじゃん?」

友人の田辺が唐突に言い出した。

コイツとは小学校からの腐れ縁で社会人になった今もお互いの部屋で宅飲みをする様な仲だ。

今日も突然「相談したい事がある」なんて呼び出してきたがやたら昔の思い出話をしながらいつも通りの宅飲みをしていた。

「あぁ、そーいやそんな事言ってたなぁ。」

三杯目のビールの缶を開けながら頷く。

たしかに先月あたりから行ってもいない所で目撃されていたりする事があったらしく「俺のドッペルゲンガーが出た!」と騒いでいたのを覚えている。

「昨日さ、遂に見ちゃったんだよ。俺自身が。」

急に神妙な顔になった田辺が呟く。

缶ビールを握る手が震えていた。

「アレって自分のドッペルゲンガーを見たら死ぬんじゃなかったっけ?お前生きてるじゃんwだからきっと見間違いかなんかだろ?」

急なマジトーンに焦った俺は慌ててフォローしたが田辺は真剣な表情のまま続ける。

「昨日の夜にさ、ふと目が覚めたらクローゼットの前に俺が立ってたんだよ、、、無表情な顔の俺が俺のことをじーっと無言で見つめてやがったんだ!」

「ちょ、ちょっと落ち着けって!今お前は生きてるじゃねーか!な?大丈夫だって。きっと気にし過ぎて夢でも見てたんだよ。」

語気が荒くなった田辺を落ち着かせようと必死に言葉を探す。きっと神経質になっているのだろう。

「死んだよ。」

田辺がボソリと呟く。

「は?」

何を言っているのかわからずに聞き返したが田辺はそれには答えずに妙な質問をしてきた。

「なぁ、俺達ってずっと友達だったよな?」

「当たり前だろ?小学校からの付き合いじゃねーか。なんだよ急に?」

田辺はガバっとこちらを向く、その顔には悲壮な表情が浮かんでいた。

「そうだよ!小学校からの付き合いだよ!学校の帰り道にザリガニを捕まえたのも、中学で好きな子が被って喧嘩したのも覚えてる!、、、覚えてるのに、、、」

そこまで言って田辺はまた俯いて黙ってしまった。

どう言葉をかけていいかわからず田辺の肩に手をかけようとした時だった。

ゴトン!と田辺の背後のクローゼットが音を立てた。スライド式の扉がゆっくりと開いていく。

薄暗いクローゼットの中には目を見開き舌を垂れた田辺がいた。首にはロープが巻き付いている。

青白い肌とは対照的に赤黒く充血した目がこちらを見つめていた。

「え?、、、は?田辺、、、?」

状況が理解出来ない俺に

目の前で俯いた田辺が口を開いた。

「いつからかわからないんだ。昨夜、俺を見た後で気づいたら朝になってた。夢かと思って振り返ったら俺が首を吊ってやがった、、、」

田辺は拳を膝の上で握りしめている。

「俺は俺だ!記憶も意識もあるお前の友達だ!でも、でも、、、きっと俺の方がドッペルゲンガーだったんだよ。」

そう呟く田辺の目からは涙がポロポロと雫を零していた。

「死んだ俺を見た途端に、俺の中で何かが溢れてきたんだ。自分はドッペルゲンガーだ、片割れを探して死に導く呪いなんだって。」

田辺の身体が、存在感が薄くなる。

「本物の俺が死んだ以上、俺の存在意義はなくなる。成り代わりなんてない。死体を隠してみたりしたけど無駄だったんだ!どんどん俺の中の『俺』が消えていくのを感じた。」

そう言いながら田辺はどんどん希薄になる。

顔も出来の悪いマネキンの様に不自然な表情になっていた。

「最期にお前と話せてよかったよ。」

もはやデッサン人形の様になった田辺だったモノは消えてしまった。


あれから数日、田辺の最期の言葉が俺の中で消えないでいる。

田辺の声だけど機械の様な無機質な声。

「オ前モ早ク探シニイケヨ」





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