第4話 良い手触り
「…ずっとこうしてるのもしょうがないか」
世理は顔を上げると、テーブルの上にある食器を片付けて行く。残った父用のカレーライスはラップを掛けて、冷蔵庫に入れた。
これは…明日の朝食うことにしてっと…。
とりあえず、この食器達を洗うか…。こういうのは風呂に入る前に終わらせて、ゆっくりしたいし。
スポンジを手に取ると、手早く洗剤をつけ洗って行く。
ロンドンで2年も一人暮らしをして来た世理にとって、家事はお茶の子さいさいだった。
特に洗い物だけは、もうプロ中のプロ。
小さな頃に母を亡くし、ずっと父と2人暮らし。その中で父の手伝いをしたくて始めたのが洗い物。
ウチの家計を支えているのは父の画家としての業績がある為。少しでも妨げにはなってはダメだと、水回りの仕事は全部世理が行っていた。
「ふぅ…終了っと…」
世理は蛇口で手を洗った後、洗った物を拭いていく。
もし親父が冷たい水で食器を洗い、指の先がひび割れたものなら、確実に作品の質は落ちるだろう。
その事を考えれば、昔の俺はやらなければならなかった。
自分がやりたい事も我慢して…。
「よし…さっさと風呂に入らなければ!!」
早く…早く入らなければ…どうせまた…
『まだ入ってなかったんですか? まさか私のお風呂を覗こうとしてないですよね? 身体中の骨変な方向に曲がらせますよ?』
ち、ちょっと盛ってしまったかもだけど、大体こんな感じだろ…恐ろしい。
俺はそんな不吉な事を想像しながら、お風呂場に入った。
入ってしまった。
もしかしたらこの時、こんな事を考えてなければ、この様な最悪な状況にならなかったのかもしれない…。
「ふぅ、早く入って、ベッドでゴロゴロするぞ…」
世理は上の服を脱いで、洗濯カゴに服を投げ入れる。
すると何も洗濯物が入ってなかったのか、カゴが倒れそうになる。
「おっと…!」
それを、手で支えるとヒラリとピンク色の物が地面に落ちたのが世理の視界に入った。
「え…」
落ちた感じを見るとハンカチなどの小物系。
まぁ…拾っても大丈夫だよな。
自分で落とした物は、自分で拾う。常識を考えたら、拾う事が普通だ。
そう思った世理は落とした物に目を向けて、手を差し伸べた。
数分前、葵の部屋。
「ふぅ…」
葵は部屋の中にある机で項垂れていた。
「……流石にあの態度はやり過ぎたかな?」
ボソッと呟く。
「ママの再婚相手の息子さんだもん。仲良くしたいけど、あの人が裏切らない人なのかどうかちゃんと見定めないと。でもさっきは洗い物してあげようかって言って来てたし…良い人なのかな……謝ろ」
葵は拳を強く握りしめると、部屋から出た。
「っ!!? これは!!?!」
俺は手にした物を広げて、見た。
それは……
とても手触りの良いパンツでした。
ヤ、ヤバい…!! こんな所見られたら…殴るだけじゃ済まないのではないか!?
世理は即座に頭の中で予測する。
『腕と足、どっちがいいですか?』
ガァッデム!! なんて事をしでかしたんだ俺は!? と、とりあえず早くこれを洗濯カゴに戻さないと…
そう思って、立ち上がると、
「……何をしてるんですか?」
「はぅあっ!?!?」
背後からとてつもなく冷ややかな、怒気に満ちた低い声が聞こえた。
「あ、ち、違う!! これは偶々落として、拾って、今カゴの中に入れようと!!」
俺の言葉が途切れ途切れになり、嘘っぽく感じる話し方になった。
「……やっぱりさっきまでの親切な態度はこういう事をバレない様にする為だったんですね」
葵は俺が思っていた通り、嘘だと判断したのか、俯きながらそう言って、俺からパンツを奪い取る。
「最低です」
そして無表情で、俺にビンタをすると2階へと登って行った。
俺はそれに対し、呆然と葵の背中を見送る。
「……はぁ」
世理は手で左頰を覆い、ゆっくりと溜息を吐いた。
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