第34話 そして(過去)

 とんでもない才能の者には、凡人などただの路傍の石ころに過ぎない。


「世理! 聞いて!! 私連載する事になったの!!」


 路傍の石は才能ある者を見上げるのみ。


「おー! 本当ですか? おめでとうございます!!」


 表には決して出さない"妬み"…その感情に心が支配される。


「ふっふっふっ!! 見てなさいよ!! 私はこれで天下を取るわ!!」


 そんな自分が、本当に嫌いだった。






 那由さんの連載が始まって1年、そして俺が高校3年生の秋だった。


「那由さん、俺達別れましょう」


 俺は、卒業後に美術部の先生として来てた那由さんに向かって言った。



 ガタンッ



「……何言ってるの? 世理?」


 美術室の中には俺達2人だけ。俺が残って絵を描いている時、俺が唐突にそれを言うと那由さんは、座っていた椅子から勢い良く立ち上がった。


「そのままの意味です。彼氏彼女から、ただの先輩後輩になるって

「そう言うのを聞きたいんじゃない!!」


 俺の言葉を遮り、那由さんが叫ぶ。


「…ただ、先輩の事が好きじゃなくなった。それだけですよ」


 俺は絵を描き続ける。


「何で…私なんかした…? 昨日だって一緒に帰ったし…普通に手を振って別れた。それにこの前には…」

「……」

「謝る…何か悪い所があるなら直すよ…だから…!!」

「那由さんに飽きたんですよ。那由さん、元は色んな経験がしたいって話でしたよね? 別にそれだと別れても問題ないじゃないですか?」

「それは…そうだけど…」


 分かってる…分かってるんだ。


「じゃあ、俺達はこれからただの先輩後輩ですね」

「ま、待って!! 私は納得してない!! な、何で飽きたのか教えて貰える!? これから何か役に立つかもだし!!」


 この必死さ…痛い程に貴方の気持ちが伝わって来る。


 でも、もう遅いんだ。


「これを聞いた所で何の役にも立ちませんよ」


 そう言って俺は那由さんに目を向ける事なく、美術室から出た。



 そして俺は那由さんとそれ以上会う事なく卒業し、何も言わずにロンドンの大学へと入学した。


 俺が那由さんと別れた理由は、那由さんと付き合っている自分の事がーー


 いや。


 彼女だと言うのにも関わらず、成功した那由さんの事を妬む、酷く醜い彼氏で、自分自身それを認められなかったから。


 至極単純な事だと思うだろうか。

 そんな理由で、と訝しむだろうか。

 彼女の努力して得た未来を馬鹿にしていると怒るだろうか。



 ならーー



 それを言ったら俺も努力して来た。

 結果を残すと言う、至極単純な事が俺には出来なかったというデカい一言が付くが。


 あの人が付き合わないかと聞いて来た時、俺は嬉しかった。いや、今だから恥ずかしげも無く言えるが、とてつもなく嬉しかった。

 出会い方はあまりよくなかったが、一緒に過ごしてるうちに俺は那由さんへと惹かれていったのだ。


 いつでも明るく、今を最大限に楽しんでいるあの人の笑顔に…俺は少なからず助けられた。


 ただーー


「経験をしたい」


 告白された時のその一言に、俺は自分の想いを押し殺してしまった。


 いつかは言おうと思っていた。


 その言葉に、俺は心の何処かに引っ掛かりを覚え、将来の事、那由さんの事を頭から出そうとガムシャラに練習を頑張った。


 その結果ーー。


 那由さんが成功した。





 俺はそれに耐えられなかった。

 何故那由さんが、いつも俺の後ろで項垂れている高橋さんが、何でアイツがーー…


 そんな事思ったが…誰にも相談する訳にもいかなかった。そんな事を思う自分がとてつもなく嫌で…


 だから俺は海外の有名大学へと行った。


 少しでもあの人に追いつく為に。あの人の事が素直に応援出来るように。

 あの人の名前が一時的にでも、聞こえなくなる、そんな所へ。



 *


 まぁただーー



「"嫌い"とは言えなかったなぁ」


 俺は家のリビングに寝転がりながら、大きく息を吐いた。


 まぁ今回は"大嫌い"って言われてしまったけど。それほど、あの別れ方を恨んでるって事なのかなぁ…会った時は忘れてる様な雰囲気だったのになぁ。



 ガチャ



 そんな時扉が開く音が聞こえ、俺は起き上がった。


「ただいま…」

「あぁ、おかえり」


 だけど今は自分や那由さんの事よりも…こっちの方で手一杯だな。


 俺は少し苦笑いを浮かべながら義妹を迎え入れた。

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