第16話 親父

「え…何で…」


(何で…そんな顔に出てたのか?)


 世理は俯いていた顔を上げ、葵を見つめる。

 葵も此方を見つめていた。その葵の顔は真剣そのもので、俺はその表情に何故か罪悪感を感じた。


「何でって…それは…」


 何か言おうとすると、葵はまた先ほどと同様沈黙する。

 その後の葵はモジモジとせずに表情を曇らせる。


 そしてまた、時は静かに流れる。



 何故か息が詰まる。



 そんな空間で葵の表情を見ていた俺は、何故か言おうと思っていなかった言葉を口に出してしまった。


「俺、結構…親父の事が嫌いなんだ」


 世理が言うと葵は驚愕の表情を浮かべた後、眉間に深い溝を作った。


 言うつもりはなかった。だが言ってしまった。言ってしまったからには、全てを話そうと思った。思いの丈を、全て。


「嫌い、なんですか…?」

「あぁ。凄く、な」

「そう…ですか…」


 そしてまた顔を俯かせる。


「昔から自分勝手で我儘。毎日俺が料理を作ったし皿も洗った。それに頭の中はほぼ絵の事ばっか。俺が授業参観がある時なんて、1度も顔を出した事がない。俺は家事があるから友達と遊ぶ機会は極端に少な

「もういいです!!」


 葵は大きな声で、リビング中に怒鳴り声を響かせる。


 コイツにとっては自分の母親が選んだ再婚相手、今は父親だ。そんな事を言われるのが嫌だったかもしれない。


「…なんだよ、 あのクソ親父の悪い所ならもう1時間は行けるぞ?」


 世理は口角を上げ、葵を煽る様な口調で流暢に話して行く。

 そして葵は椅子から立ち上がる。


「…時間の無駄でした。もういいです」


 葵は踵を返し、リビングの扉の方へと歩いて行く。

 その振り返った時に見えた表情は怒気、そして失望の気が混ざりあった複雑な表情を浮かべていた。


 この数日過ごしたから分かる。此処は手を出すタイミング。なのに手を出さないと言う事は親父の事をそれなりに想ってるって事だ…。


「だけど……良いところも一杯あるんだ。例えば、ご飯時はいつも俺と一緒に食べてくれる」


 世理が呟くと葵は動きを止める。


「…」

「別に他人からしたらそんな事かって思うかもしれないけど…その時間だけがまともな親父との交流の場で、自分の方が絵が上手く行ってなくて切羽詰まっている筈なのに俺のご飯を食べていつも”美味い”って言う。そして俺の学校であった日常を笑顔で聞いてくるんだ…」

「笑って…ですか?」

「あぁ。その時だけじゃないぞ。親父は不器用だからか、ずっと笑ってんだ。絵で悔しい気持ちとか、悲しい気持ちがある筈なのに、それを隠して、押し殺して…」


 あの時は俺も時期的に1番参ってた時期だ。それなのに…親父は1つも俺に弱みを見せようとしなかった。

 俺が学校から帰ってきた時に部屋で泣いてた時もあった。頭を抱えてた時もあった。


「だけど、親父は…俺にとって1番強い親父であったんだ。自分がどんな気持ちであったとしても俺の"ヒーロー"だったんだ」

「…」

「だから親父に心配させたくなかったんだ。俺達が仲良くやってるって聞けば、親父達は何も考えず、気楽に旅行が出来るだろう? …今まで苦労をかけたあの親父に、楽しんで貰いたかったんだ」


 俺が綴る様に言っている言葉を聞いているのか、葵は動きを止めたまま。ずっと背中を見せている。


(…うわっ…言っちゃったよ。こんな事誰にも言って来なかったのに。あの親父がヒーローとか、大学生になって何て事言ってんだか…)


 世理は椅子から立ち上がり、リビングの扉へ向かう。葵の横を通り抜け、扉のノブを掴む。


「悪い。変な話したな」


 俺が振り返ると、そこに居たのは…


「っ!! …っ!!」

「…えーと」


 何故か俯きながら涙を流している女の子が居ました。

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