第54話 連絡先

 時刻は21時。


「ただいまー…」


 世理は静かな声、静かな動きにて流れる様に靴を揃え自分の部屋へと階段を登る。ギッ…と言う音が鳴り響き、世理は思わず足を止める。


(い、いやいやいや、別に静かにする必要はないよな? ちょっとご飯を買ってくるのを忘れてしまっただけで…)


「……おかえりなさい」

「へ!? あ! は、はい…どうも」


 と、思っているとリビングの扉からこちらを覗いている葵の姿があった。そのジト目に思わず生唾を飲み込む。


「まずは手を洗って来てください……話はそれからです。良いですね?」

「……はい」


 此処で逆らうのはダメだと、俺の勘が言っていた。




 そして手を洗い終わった世理は、リビングへと入り自然と正座になっていた。


 最近、葵とは上手く話せてなかった。

 だけどこれは変わりない。土下座、最大級の謝罪の形だ。


「で?」

「……はい?」


 その前で、葵が俺を上から見下ろす。


「……へぇ? 分かりませんか?」



 ゾクッ!



 冷め切った目、腕を組み、まるで俺を虫だと思っているかの様な態度。自分の顔が青褪めて行くのが分かる。


 …って、何で俺はこんなバトル漫画みたいな感覚を味わないと行けないんだ!?


「あ、いや、そのですね? ちょっとご飯に行ってまして……こんな時間に……」


 辿々しく説明する世理。それに葵は一呼吸置いてから言った。




「ほぉ?」


 ひぃ。


「まぁ、貴方がご飯を作るという決まりも無いですし? 私もお願いしていた訳ではないので良いですよ。貴方も貴方でやりたい事とかもあるでしょうしね?」


 お、おぉ!!


「だからと言って、何の連絡も無いというのはどうかと思いますけどね」


 あ、ですよねー…


「まぁ、私も鬼ではありません。これからは私も部活で忙しくなって遅くなったりします」


 葵はしゃがみ込むと、眉を八の字にしながら世理の前で申し訳なさそうにしながら呟いた。


「だから……その日はなるべくご飯の準備とかお願い…しても良いですか?」


 上目遣いで、懇願する様に葵は言った。


 さっきまで怒っていた葵だが、いつもご飯を作って貰っている世理を怒りたい訳ではない。


 葵が帰って来たのは2時間前。

 最初は買い物にでも行ったのだと思っていた葵だったが、1時間経っても戻って来ない世理に、この時間までご飯を食べる事なく待っていたのだった。


『私よりも歳上だけど……所々抜けてる所はあるし…何かの事件に巻き込まれてる可能性も…!?』


 そんな事を思ってもいたのに……帰って来たのは私からバレない様に忍び足で階段を登ろうとしていた義兄。


 怒るのも当然だった。


「えーっと…了解」


 そんな事もつゆ知らず、世理はその葵の切り替えに頭を掻きながら何とか答える。


「じゃあ連絡先とか交換しとかないとな?」

「へ?」

「ん? だって遅くなる時は連絡貰わないと分からないだろ? 急に遅くなったりするかもしれないし」

「え? あ、まぁ、それはそうですが…」


 何だ? 葵から言ってきた事だよな?


 世理は赤く俯く葵の反応に首を傾げる。


「まぁ、一応家族だし。持っておいた方が良いだろ。はい」

「え、あ…はい…」


 俺がポインのQRコードを出すと、ゆっくりとだがスマホを近づけて友達登録が完了する。


「ふふっ…」

「? どうした?」

「! 何でもありません!」


 何でそんなニヤけ……まぁ、いいか。取り敢えずこれで不測の事態でも連絡出来る事になった訳だし。


「さてと…葵は今日何食べたんだ?」

「あ、いえ。今日はまだ…」

「は!? まだ食べてないのか!? じゃあ急いで作ろう!!」

「わ、私も手伝います!」



 そうして、俺達は一緒に料理をし始めるのだった。



 料理途中。


「その、少し質問ですが……誰とご飯へ行ってたんですか?」

「後輩の女の子とだよ」

「へぇ……年下の女の……」


 あ、あれ? なんかさっきよりも威圧感が増した気がしたんだけど?



 ***



 世理は美術室の窓から顔を出して、ダラけ切っていた。


「ふぅー…今日も頑張ったなぁ」


 1人では限界である創造力が、先生をやる事で生徒から刺激を貰える。引き受けて良かったな。


「今日は何をやらせようか…」


 そんな事を考えていると、


「お疲れ様です」

「おー、お疲れ」


 彼女がやってくる。


「すみません。今日の部活なんですけど、休ませて貰っても良いですか?」

「ん? 何処に行くんだ?」

「実は姉に頼み事されて、今からコスプレ会場にメイク道具を届けに行く予定なんです」


 ほう。お姉さんはコスプレをするのか。


 世理は人生に於いて、コスプレを実際には見た事がなかった。


 経験として、コスプレを実際に見てみるっていうのも刺激になるかもな。


「ついて行っていいか?」

「……」

「……やましい事は無いと誓います」

「……まぁ、良いですよ」


 俺は彼女と一緒にコスプレ会場へと向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る