第2章 別に…

第9話 プレゼント

 世理は正座の体制で頭を下げる、所謂、土下座をした。


 視界には葵の他にももう1人居たが、今は関係ない。


 それよりも俺からの誠意を葵に見せなければ…!!


「これを!!」


 世理は片膝を立ち、頭を下げたまま箱を葵に差し出した。


「何ですか…これ?」

「…許して欲しくて…買ってきた」

「…」


 俺は差し出したまま待つが、箱は俺の手を離れる事はなかった。






「…良かったの? 受け取らなくて?」


 環が2階の葵の部屋に入ると、葵に恐る恐る話し掛ける。


「…受け取る必要もないでしょ。私は許す気ないよ」


 私は環にそう言うと、制服のブレザーを脱ぎ、楽な格好になる。そして、机の前にある椅子に座った。


「…ちょっと胸を触られたぐらいで流石に可哀想じゃない?」

「はぁ!? だっ! だって私の胸にか、顔を…!!」

「それは不慮の事故だったんじゃないの? それに、朝に弱い葵も少しは悪いと私は思うけど?」


 環の呆れた表情が私に良心にチクッと、少し痛みを与える


「別に…こんぐらい普通でしょ?」

「ちょっと厳しすぎるけど…」


 環は頬をポリポリと掻きながら、苦笑いを浮かべる。


「だって…物で釣ろうなんて……」


 ………誰かさんのパパみたい。


 葵は自虐を含んだ様な表情で眉に皺を寄せる。


 それを見ていた環は何かを察したかの様に、大きく溜息を吐く。


「…まぁ、葵の勝手だけどさー…」


 そう言って環は葵の部屋をゴロゴロするのであった。




「あ、もう8時じゃん! 私そろそろ帰るね」


 2人はその後、2時間程部活の話、テストの話、文化祭の話などで盛り上がり、あっという間に時間が過ぎてしまっていた。


「そっか。分かった」


 そう言って私達は一階へと降りる。


 いつもこうだ。環と話していると時間を忘れて語り合ってしまう。ずっと話していたいが、それはお泊まりの時だけにして我慢しよう。


 葵はそう思うと、名残惜しそうに環の服の裾を掴み、階段をゆっくりと降りていく。


 それに対して、環は笑みを浮かべている。


 その途中。


「あれ?」

「どうしたの?」


 環が一階を見て、疑問の声を上げる。


 そんな環の様子を見て、環の後ろにいた私は前を覗き込む様にして屈む。


 すると


「……」

「あれ、お兄さんだよね? もしかしてあれからずっとあの体制…?」


 そこには、正座のまま玄関の方向を向いたままの義兄がいた。


「…はぁ。環、ちょっと退いて」


 私は環の横を通り、義兄の背後まで行く。


 そして、冷たく言い放つ。


「ちょっと、邪魔なんですけど。退いてくれませんか」


 葵は怒気を声に込めて言った。


 しかし、頭の中はそれどころでは無かった。


 この体制で2時間も此処にいたんですか? 頭可笑しいんじゃないの…この人?


「……」


 そんな事を思っていたが、返事は返ってくる事は無い。


 …なるほど。そう言う訳ですか。私にこの意味の分からない物を渡す時、無視したから、やり返すという事ですね…いい度胸です。


 葵は拳を振りかぶる。


「だ、ダメっ!」


 が、そこで環が私の腕を掴んで止めに入る。


「環、止めないで…」

「ダメ! ほら、お兄さん、無視してる訳じゃないよ…」


 環が指を差した方向は義兄の方向。


 なに…?


 私は環に指示され、義兄の前の方に移動する。


 すぅー……すぅー……


 義兄は目を瞑り、鼻から規則的な音を出していた。


「これって…」

「…寝てるよね?」


 世理は正座のまま、しかも姿勢正しく眠っていた。


 この体制で寝る事があるの?


 葵の頭にはただただその疑問が浮かび上がった。


 普通の人なら座って寝るにしても、何か背もたれがあったり、少しでも姿勢が曲がる筈。しかしこの人は…正座で、姿勢正しく、しかも膝の上に手を置いて寝ている。


 どういう生活をしたらこうなる訳?


 葵は世理の姿を見て、少し後ずさる。


「……あれ? 葵、この人何か言ってるよ?」

「え?」


 環が義兄の横で、私に向かって手招きをする。そして寝ている義兄の横で耳を澄ます。


「…誠意…誠意を見せないと…か…家族なんだから……」


「「……」」


 それを聞いた私は環と目を見合わせる。


「ふふっ! いいお兄さんじゃない!」

「別に…」


 こんなの…本当かどうかなんて分からないじゃない…。


「私は早く帰らなきゃだから。あ、優しくしてあげなよ? じゃっ!」


 私が声を掛ける前に環は早口でそう言うと、外へと飛び出して行った。


 私はチラッと義兄に目を向ける。


 …優しく?


 何でこの男に……あり得ない。


 葵は玄関の鍵を閉めると、世理の横を通り過ぎようとする。


 そこで、少し私は気になった。


 この男は怒った私に対して、何を持ってきたのかを。


 ………眠ってるよね。


 葵は世理の様子を見つつ、箱に手をかける。



「これは…」


 葵はそれを箱から持ち上げる。


「クマのぬいぐるみ?」


 箱から出てきたのは、何とも子供らしいと言えばいいのだろうか。頭にリボンが付き、くりくりとした瞳が可愛いクマのぬいぐるみが出てきた。


「……私、高校生なんですけど」


 強いて言うなら…もっと大人っぽい物が欲しかったけど…


 クマのぬいぐるみか……


 葵はそこでふと、昔の事を思い出す。




『ごめんね、葵。誕生日プレゼントもうちょっと待ってくれる? 何が欲しい? 葵の好きなクマさんの大きなぬいぐるみ買ってあげようか?』

『……ううん。いらない。私、鉛筆とか欲しい』

『え…我慢しなくていいのよ?』

『ううん。本当に鉛筆でいい。可愛いやつ』




 ……まぁ、貰ってあげても良いですかね。


 葵は無表情で箱を閉め、クマのぬいぐるみを抱えて部屋へと戻る。


 その葵の足取りは、何処か少し弾んでいる様に見えた。

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