第44話 神輿の作製
神輿の滑車が壊れた……つまりは移動が出来ないって事だ。これだと葵のクラスは神輿の出し物を辞退しなければならなくなるだろう。
それじゃあダメだ。
「移動が出来る上に…これを残した上で出し物を……」
今俺が調べた所、滑車を直すことは不可能だ。軸自体が壊れている。軸自体が壊れる事はそうそうないのだが、耐荷重を超えてしまったという所だろうが……
上に載ってる妖怪はほぼほぼ段ボールで出来ている。そうそう耐荷重を超える事はないと思うが……今は関係ないか。
「あ、あの!」
「ん? あぁ、どうだった?」
汗だくな高波君が帰って来る。
「すみません……」
「ま、そう簡単にはいかないよな。お疲れ、後は任せな」
項垂れる高波君の肩に手を置くと、俺は大きく深呼吸をした。
ハッキリ言って……考えは纏まった。
滑車がないなら、もうやる事は決まった様なもんだ。
後は道具が……
「あ、あの、これ」
「これは……」
俺がどうやって手を付けようと迷っていると服を引かれ、振り向く。そこには葵が居り、その手には工具箱があった。
「用務員の方から借りて来ました。必要かと思いまして」
葵は偶々だと言わんばかりに、そっぽを向いて答えた。
荒い息遣い、首筋からは透明な雫が1つ流れ落ちている。
ははっ……ありがたい。
「助かったよ」
俺は自然と上がる口角と共に、感謝を伝えた。
「……そんな目で見ないで下さい」
「ん? 別に普通だが…」
「……無意識なの止めてよね」
…どういう事だ? ま、良いか。
「葵はそこで見てて良いから」
「え、そんな。手伝います」
「いいから」
それに………素人に手を出して貰っても邪魔なだけだ。
「ふぅー…」
耳の奥から、少しこもった商店街の店の呼び掛けが聞こえて来る。先程までかいていた筈の汗が冷えていくのを感じる。
あぁ。良い感じだ。
早く終わらせよう。
残り時間はーーあと20分。
***
「見ててって……」
今はもうそんな余裕なんて無い筈。時間的に後は20分程だし、クラスの皆んなが引く筈だった大きな神輿。1人でなんて到底出来やしない筈なのに…それ筈なのにーー
「凄い…!!」
視線の先にはあの人が凄い速さで神輿の足をノコで切っていく姿があった。
何をするかは分からないけど、私はこの人を頼った。皆んなも頼ってしまった。頼ってしまったからこそ、変に邪魔もしたくなかった。
美大って、こういう事もするんだ…。
私はこの光景に驚きながら、それから目を離せなくなっていた。
勿論、文化祭準備の時、手伝って貰った時の事がある為、それなりには出来ると思ってはいた。だけどーー
「こんなにとは思わないでしょ、普通」
世界レベルの美大に通っていれば、大工の真似事なんて簡単だという事なんだ。
無理矢理に自分を納得させた私は、それを見る事しか出来なかった。
そして、数分後にはもう形は出来ていた。
「引くタイプじゃなくて……持つタイプに?」
そこにあったのは神輿の切った足を、縄に結んでいた所に上手く組み合わせて長くした、持つタイプの神輿だった。
「あぁ。でも、全員で持つには無理がある。だから男子が持つ方を、女子には前に付けた縄を持って、あまり引っ張りすぎない様に元気に行進だけして行けば良い」
凄い…その言葉しか出てこなかった。人間、本当の驚きを目の当たりにすると、語彙力がなくなると言う。
私が実際目の当たりにするのは、初めてだ。
違和感も、何も無い。まるで最初からこうだった様にも見える。
「あの…神原さんのお兄さん、こんな技術、何処で習ってたんですか? 普通の人なら出来ないと思うんですけど…この前も」
「ん? あぁ、そうか。高波君は知らなかったっけ? 俺、今実は美大に通ってるんだよ」
「び、美大に通ってるってだけで、こんな事出来ます?」
「こんな事、俺以外にも出来る人は沢山いるよ」
まただ。
何で、そんな、貴方はそんな顔をするんだろう?
一つだけ、極める事が出来た人ならそうだと思う。
でも貴方は、その他に絵、裁縫、大工の様な工作も簡単にやってみせた。どれでも高水準に出来る貴方は数少ない人材なのではないだろうか。
また私が、彼を称賛しようものなら、また怒られるのだろうか。
疑問は、尽きない。
聞こうにも、今は聞かない方が良いかもしれない。
ーー今、目の前のトラブルが無事に解決して嬉しい、嬉しい筈なのに、何か心にシコリがある。
そんな気がする。
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