第30話 突然の告白

 昼の12時。俺は2つのグラスにお茶を注ぎ入れていた。


「世理ー、早くお茶ー」

「休憩がてら家に遊びに来るのはやめて貰えませんかね? 貴方有名な漫画家さんですよね? 仕事はどうしたんですか?」

「ナニソレ? オイシイノ?」

「これは編集さんは大変だろうな…」


 リビングの椅子には、那由さんがアイスの様に溶けてダラけ切っている。


 何故こうなったのかは数分前に遡る。



 ピンポーン


「ん?」


 俺が部屋に居ると、突然インターホンが鳴った。それに急いでカメラを確認しに下へと降りた俺だったが、そこには誰も居なかったのだ。

 もしや世に言うピンポンダッシュか? そう思った俺は、急いで扉を開けに行った。


 するとーー


 ガンッ

「ぶっ!!」

「へ?」




「あー、鼻が痛いー。有名な漫画家さんの鼻が痛いー」

「…クッキーとか食べたくありません?」


 という訳だ。


 那由さんが隠れてたりしなかったらこうなってはいなかった筈なんだ。俺は悪くないが、有名な漫画家、しかも葵の好きな漫画家、ついでに知り合いだ。少しは介抱した方が良いだろうし、前みたいに玄関で騒がれても近所迷惑だ。


 大人しく休憩が終わるまでは言う事を聞いておこう。


 俺は那由さんの前のテーブルの上にお茶とクッキーを置くと、那由さんの正面に座り自分のお茶を呷った。


 うめぇ。


「世理…今日は髪整えてるんだね」


 そんな時、那由さんがダラけたまま此方を見て言う。


「まぁ…部屋で製作してたんで」


 そう。俺は今日起きてから飯を食べる時以外は絵を描いていた。

 やはり今日起きてからは、何処か居心地が悪く、ゆっくりする事もなく筆を手に取っていた。


「へー、見たい」

「別に良いですけど…何で?」

「久しぶりに世理の絵を見たくなっちゃって」


 まぁ、減るもんじゃないし、見せても良いか。


 そう思った俺は、那由さんと二階である俺の部屋に移動した。



「うわぁ…久々の世理の部屋! 良い匂〜い!!」


 さっきのダラけ切った姿はどこへやら。

 那由さんは部屋の中心で大きく深呼吸すると、俺がさっきまで描いていたキャンパスの元へと一直線へと向かった。


「これは…風車?」

「はい」


 直接的には風車を描かず、少し薄い線で風車の輪郭を描いている。あとは緑色や黄色、青等を使って風を表現し、風車と成り立たせている。


「良い絵ね…」

「…そんな事ないですよ。これだったら小学生でも描ける」


 こんなの大学で出したら笑い者だ。


「私だったら描けないけど…」

「それは那由さんとは違う方面の絵だからでしょ」


 那由さんは漫画家だ。こんな油絵の様な絵を描くなんて事ない。


 そもそも油絵を描かなくても那由さんの凄さは世間に知れ渡っている。手探りの俺とは違う。


「世理には世理の良さがある」

「そんなの…お世辞にか聞こえないですよ」


 俺よりも社会的地位が高く、人生が成功している那由さんに言われると尚更だ。


 俺が言うと、那由さんは暫く黙った後、また口を開いた。


「人と同じだよ? それぞれの人に良い所がある。中々見つけられないのが難点だけど…誰にでも誰か良い所を見つけてくれている」


 そして那由さんは絵から俺に視線を移し、言った。


「私…そうやって悩んでも、悩んでも、それを誰にも相談しない世理の事…大嫌い」



 …。


 真顔で言った那由さんは、俺の横を通り過ぎるとーー


「ごめん、急に。でも今のは世理が悪いから。お茶とクッキーご馳走様。じゃあね」


 と、此方を振り向く事なく去って行った。

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