第31話 入部(過去)

 これは今でも鮮明に覚えている事だ。




「はい、じゃあ自己紹介して行こうか。まずはそこのお前」

「は、はい! 神原世理と言います!! これからよろしくお願いします!!」


 これは俺が美術部に入った時…つまり高校1年生の時の話だ。


 美術室には10数名の先輩達、それに俺と横並びに並んでいる同級生が3人ほど居た。


 その時の美術部は地元でも所謂強豪で、幾つもの賞を取っている先輩が何人も在籍していた為、緊張して噛みながら自己紹介したのは良い思い出だ。


 そして自己紹介が終わると、椿先生が大きく手を叩き、椿先生がいきなり言ったテーマを元に絵を描き始める。


 流石強豪。こんな急に始まるものなのかと、最初はびっくりした。


 しかしーー


「君、絵上手いね?」

「いつから本格的に絵描いてたの?」

「どこ中出身?」


 何処か雰囲気は緩く、親しみやすい先輩ばかりで、新入生の俺らにとっては凄く居心地が良かった。しかし、そんな中にも1人黙々と絵を描き続けている人が居た。


 最初は凄い髪がボサボサな人、話しかけないでオーラが強い人としか思わなかった。


 あの人から話しかけて来なければ一生離さないだろうな。俺はそう思った。





 そして数週間が経ち、俺も入学して高校生活に少し慣れて来た頃。


「んー…那由。もっと肩の力を抜いて絵を描く事は出来ないのか?」

「…出来ないです」


 俺が忘れ物をして美術室へと戻ってくると、隣の物置で椿先生と那由さんとの会話が聞こえて来た。


「お前の絵を見ると全体的にまだ固いんだよなぁ…自由じゃないって言うか」


 これってアドバイスだよな? てか初めて高橋さんの声聞いたぞ。


 その時の俺はそんな事をのうのうと考えて、忘れ物を手に取っていたと思う。


「もっと部員と触れ合ってみたらどうだ? 新しい発見があるかもしれないぞ?」

「…はい。ありがとうございます。失礼します」


 ガラガラガラ


 え? あ…


「……何してるの?」

「ご、ごめんなさい。忘れ物して…決して盗み聞きしてた訳じゃないんです」


 美術室と隣の物置とが繋がる扉が開かれ、俺はその時、那由さんと初めての会話を交わした。



 いつも1人。皆んなの輪に入らず、1人で黙々と絵を描いている人。少し暗くて、髪をボサボサにしている人。


 それが高橋那由さん。いずれは「空白の渇望」という大ヒット漫画を描く人、そしていずれ俺の恋人となり、別れる事になる人との出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る