第46話 神輿が終わってから

 風嶺高校の神輿が終わり、俺は1人小さく息を吐きながら帰路へと立っていた。


 特に思う所はない…とは言い切れないが、俺の仕事は終わったと言っても過言では無いだろう。


 葵の勇姿を写真に収め、壊れていた神輿を直す事で葵の文化祭を守る事が出来た。


 最高だ。


 これ以上ない働きを俺はした。


 そんな事を思いながら歩いていると、近くの公園に誰かが居るのが見え、足を止めて目を凝らした。


「ん? おー、若人。こんな所で何をしてるんだ?」

「……逆に、何で此処に美術の先生が居るんですか? 文化祭はまだ終わってないでしょ」


 そこには、ひと休み中なのか、タバコを吸いながらブランコへと腰掛けている椿先生の姿があった。


「ま、そうではあるがね…どうも私はああ言うキラキラしてる感じが苦手なんだ。世理も分からないかい?」

「いえ…俺は別に」

「ふむ、そうか。じゃあ、今は暇か? 文化祭が終わるまで私の話し相手に付き合ってくれないか?」


 そう。実はこの人、何かと引っ込み思案な所があるのだ。一応先生という役職についてはいるが、親しい者とでなければ上手く話す事も出来ない、所謂陰キャラだ。


「まぁ、別に良いですけど…」

「じゃあ世理の大学生活でも聞くかー」


 世理は、大学で苦労して課題を終わらせている事や、周囲の人がとてつもない天才達だという事を説明した。

 そして少し肌寒くなったと思った頃、椿は口角を上げながら、世理を見て呟いた。



「世理、また手伝っていたね」



 椿先生……見てたのか。


「…ダメでしたかね? 椿先生は手伝うなって言ってましたけど俺は優しいのでどうしても助けてあげたくなってしまって」


 俺は捲し立てて先生に言った。


 別に、俺は悪い事をしている訳じゃない。逆に言えば良い事を…そう、良い事をしたと思っている。それなのに、公園で文化祭をサボっている先生に説教を喰らうのはまっぴらごめんだ。


「んー…? 私は手伝うなと言った覚えはないが……?」


 だが、俺の言葉に椿先生は本当に不思議そうに首を傾げた。


「は? 『これだからまだ子供だって言うんだよ。まぁ、手伝ってみれば良いんじゃないか?』って言っていた気がするんですけど?」


 あの時の言葉が、何故かずっと頭の片隅に残っていた俺は、少し強い口調で椿先生へと話し掛ける。


「あぁ、なるほどなぁ」


 話を聞いた椿先生は、のらりくらり、言葉を噛み締めるかの様にゆっくりと煙草の煙を吐き出した。その後、空を見上げながら足を地面に着き、怠そうにブランコを動かす。


「……アレは俺に『無闇に手伝うな』と伝えたかったんでしょう? 今は俺達の文化祭じゃない。葵達の文化祭だって……」


 キィキィっとブランコの音だけが鳴り響き、世理はその気まずさに吐き出す様に呟く。


 分かっていた…分かっていたんだ。俺が過干渉して良い事じゃないって事は。

 例え、学校が生徒の自由を尊重しているとは言え、部外者が手を出すのは間違ってる。


 そう思っての言葉だった。



「相手の事を思ってやる事が大事なんだ」



 しかし、俯いていた俺は、椿先生の言葉に思わず顔を上げた。


「相手が頼んでもないのに君は手伝うのか?」

「え、あ…それは……」

「再婚して間もない妹に対し、仲良くなろうと手を貸すか? それも間違いではないさ…だけどな?」


 椿先生は笑って、タバコの先を俺へと突き付けた。



「自分が良いと思ってやった事が逆に悪い事もある」



 これは、俺の予想に過ぎないが……この人の心は恐らく人一倍傷付きやすいんだと、そう思った。


「まぁ別に、人は誰であっても失敗はするし、例え有名な画家や漫画家でも…失敗する時は失敗する」


 椿先生はブランコから立ち上がると、近くの自販機に行き、お金を入れた。


「例え、いつも綺麗でカッコ良い優しい美術の先生でも、逆に悪い事を言ってしまって卒業生を困らせてしまっていた…なんて事もあるんだ」


 自虐するかの様に笑い、椿先生はボタンを2つ押した。


「相手の事を考えて行動するのは良い事だよ? だけどね……それは相手をちゃんと理解してからこその話だって事さ」


 椿先生から渡される缶コーヒー。まだ夏後半にも関わらず、あったかい。


「此処は世にも珍しいあったか〜いコーヒーが一年中飲み放題の公園でね、私のお気に入りなんだ」


 椿先生は煙草を片手に、コーヒーを飲んだ。

 そして笑顔で此方を見た。


「彼女の勇姿は見なくて良いのかな?」

「…見ましたよ、十分にね」

「本当に? もっと話をしても良いんじゃないか? 何か得られる物があるかもしれないよ?」


 言われた世理は椿に習い、コーヒーに口を付けた。



 そしてーー



「…………ちょっと、コーヒーが苦過ぎだったんでミルクでも買って来ます」

「ん? あぁ、行って来い」


 椿に断りを入れ、世理は公園から飛び出した。それを腰に手を当てながら椿は見送る。


「はぁ……ったく、気丈に振る舞う先生ってのは疲れるねぇ」


 椿は1人、自動販売機からお釣りを取り出すのだった。

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