第47話 後夜祭での出来事(葵視点)

「「……」」


 グラウンドの真ん中。丸太が組まれ、キャンプファイヤーの準備が進んでいる中、葵は環と一緒に座ってそれを見ていた。


 さっきの事があって、環とは色々話しづらい。だが、後夜祭では環と一緒に居ようと約束した所、約束を破るわけにも行かず、グラウンドから少し離れた倉庫脇に私達は居た。


 …気まず。


 それが今の葵の正直な気持ちだった。


 私だってこんな気持ちにはなりたくない。なんてたって、今は高校初の後夜祭。皆んなが笑い合い、準備だとしても楽しそうに働いている。


 そんな中、歯痒さを感じながらキャンプファイヤーなんて見たくもない。


「もうすぐさ…大会だね。楽しみ……」


 少し暗くなった空を見上げていると、環が独り言の様に呟く。


 そう。私達は同じ陸上部に所属している。夏が終わり、3年生が引退して新しい体制になりつつある。


「私は、普通かな」


 一応、私は昔から運動神経が良い事もあり、高校で始めたばかりだと言うのにリレーのメンバーに選ばれている。


 だけど、最近は練習にあまり行けてないし、文化祭実行委員というのもあって遅れて練習に参加している為、バトンパスの練習などあまり出来ていない。


 心配だ。


「葵はそうかもね。でも、私はさ……」


 環を見ると、後ろ手に着いた手が握りしめられている。

 表情を伺うと、緊張して強張っていると言うよりも、嬉しさが勝っているかの様に思えた。その様子から、どれだけ試合を楽しみにしているか伝わって来る。


「早く試合したい?」


 私は環へと問い掛けた。

 見るからに分かるワクワク感。

 理由としては、環もリレーの選手に選ばれたからと言うこともあるだろう。


 環は小さな頃から陸上部に所属していた。

 小4から中学校まで、計7年間陸上部に所属していた。しかし、それにも関わらず環はリレー選手に選ばれていなかったのだ。


 だけど今年、やっと実が結び、環はリレーの選手に選ばれた。


「うん。そうだね。初めてだもん。此処まで早く走れてるの」

「そう…良かったね……」


 いつも飄々と、周りを気遣う親友。その親友の初めて見た表情に少し口元が綻ぶ。



 そして、間が空き、他の人の賑やかな笑い声が響いて来る。


「キャンプファイヤー出来たみたいだね…葵、行こう?」


 喧嘩を何度もしてきた訳でもないから、こういう時どうすれば良いのかよく分からない


 でも、こういうのは言葉にしなきゃダメだ。



「環…さっきはごめん」



 手を伸ばして来る環に、葵は目をぎゅっと瞑りながら言う。


 言葉にしなければ、伝わらない。それが最近知った大切な事だ。相手がよく知っている親友だとしても、これはしっかりと伝えなければいけない。


「私…なんでか分からないんだけど……あの人の事について言われると何かムカッとしちゃって……いや! 別にあの人が馬鹿にされると嫌だとかそういうのじゃないんだよ!?」


 自分の心ばかりの言葉を出していた葵だったが、何故か変な方向に行ってしまった事に目を見開いて言った。

 それに環は口を半開きにし、葵を見つめた。


 そして数秒後、環は吹き出すように笑った。


「はぁ〜っ! ふぅー…分かった分かった。葵の気持ちはよく分かったよ!」

「な、何よその反応!!?」


 笑い疲れたと言わんばかりに深呼吸をする環。どう考えても馬鹿にされてる気がする……けど……


「ん〜? 別にぃ?」

「もう知らないからね!」


 葵はプンッと立ち上がってキャンプファイヤーの方へと歩き出した。



「葵!」



 私は環に呼ばれ、少し眉を顰めて振り返った。


 すると環は、笑顔で私に言った。



「ありがとっ!!」



 何故感謝の言葉が出てきたのか。


 私には分からない。



「…どういたしまして」



 でも、私もそれにありきたりな言葉を返し、私達はキャンプファイヤーの元へと向かった。



 ***



 キャンプファイヤーの元まで行くと、大勢の人が周りを囲んでいた。パチパチと木を割り、火花が黒い空へと飛び立って行く。


「綺麗だね〜…」

「うん」

「葵さ……どうすんの? お兄さんと」


 突然、環が少し言い淀みながら聞いて来る。


「どうするって…別に何もしないよ?」


 何を考えてるか分からないけど…… 誰だって不機嫌?な時はある。頑なに後夜祭に来なかったのも何か理由がある筈。


 私から何かする事は、ない。


「そっかー…まぁ、いいんじゃない?」

「神原さん!」


 私達が話していると、高波君がやって来る。


「お疲れ、どうしたの?」

「あ、あのさ、ちょっと良いかな?」


 後手に頭を掻きながら言う。


 視線は合っていないし、何かまた……


「うん」


 あの時とは違う、気持ちになっている……そうおもっているのだろうか?


 私はこの少し浮かれている様な、この空気を知っている。



 あぁ…憂鬱だ。



 葵は、はにかみながら前を歩く流星に、悟られぬ様仮面をつけた。



 親しき者を傷付かせない様にする強固な仮面を。

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