第6章 私の勝手です

第50話 看病

「いやー…やっぱり無理がたたったんだよなー」

「……すみません」


 俺はガラガラと氷枕を鳴らしながら、葵の頭の下へと潜り込ませた。


 文化祭が終了し、休日を挟んだ月曜日の昼。


 俺は家で葵の看病をしていた。

 午前中に行った医者の診察では、疲れからの熱ではないだろうかと言うのだが……


「授業がある月曜日に熱を上げるとは。やるな」

「……後で覚えておいて下さい」


 おっと? 何をだろう?


 世理は葵の不穏な言葉に対して、平静を装いながら無視すると、ドアノブへと手を掛ける。


「何か食べたい物とかあるか? 取り敢えず昼だし、何か作るぞ?」

「……お粥が食べたいです。あとゼリーとか」

「おぉ、了解。食欲があって何より」


 そして世理は部屋から出て、階段を降りながらふと思う。


(でも…丁度良かったな。土日はまともに話せてなかったし)


 後夜祭の一件以降、世理達はギクシャクと、まるで初対面の他人かの様に接していた。


 自分でも何故やったか分からない。でも、何故か身体が勝手に動いていたあの行動。


 今考えても顔が自然と熱くなる。


「んー…でもさっきは調子良く話せたし、うん。おーけー、おーけー」


 世理は自分で自分を励ましながら袖を捲り、料理を開始するのだった。





 そして手際悪くもお粥を作り終わりーー



 トントントンッ



「……ん?」


 料理を持ちながら、葵の部屋をノックする。しかし、返事は来ず、世理はゆっくりと部屋の扉を開けた。


(寝てたか…)


 そこには、無防備にもスヤスヤと眠っている葵の姿があった。


 俺はお粥をテーブルの上に置くと、枕元へと移動する。


 ショートカットに切り揃えられていた髪。童顔で頬を上気させた、シンプルな布団にくるまれた葵は、いつもの刺々しい雰囲気は感じられない。


「まぁ…………可愛い、よな?」


 そっと呟く。


 容姿を見れば、撫でたい気持ちも分かる。

 だが、何故あのタイミングで、家族で兄の俺が撫でたいと思ったのか。


(……何か落ち込んでたし? 兄として頭を撫でるのも分かるのか? でも相手は女子高生だぞ? 成人の俺と未成年の葵……いや! それを考えたら家族だって!?)


 頭を抱えたりを繰り返し、葵の隣で悶えているとーー


「ん……?」

「っ!!?」


 葵が目を擦りながら、起き上がる。


「…何してるの?」

「え、あ、あぁっと…お粥! お粥作ってきたんだ!!」


 お粥作ってきただけなんです! 何も思っていません!!


 いつもと違う言葉遣いに少しドキッとしながらも俺がお粥を差し出すとーー



「あ…」

「は?」



 葵は目を瞑り、俺の方は口を開けている。


 なんだそれは……そんな事するなんて俺に…


「食べさせてって事か…?」

「…あ」


 葵は何も言う事なく、口を開けて急かして来る。


 寝惚けてこんな事を言っているのは分かっている。しかし、相手は病人だ。お世話をするのも家族の勤め。



 ご、ゴクリッ



 世理は喉を鳴らし、お粥を冷ましてから葵の口元にスプーンを運んだ。


「…あ」

「お、おう」


 そしてまた口を開けて待つ葵にお粥を食べさせ、それを終えると葵は電池が切れたかのようにベッドへと倒れ込んだ。


「はぁ〜………何かどっと疲れた」


 世理はぐっすりと眠る葵を横目に、壁に寄りかかりながら腰を落とすのであった。


 ***


「き、昨日は…その、色々とご迷惑をお掛けしました」


 そして翌朝のリビング。葵は顔を真っ赤にしながら俺に頭を下げて来る。昨日アレから夜ご飯も食べる事なく寝続けた事から、随分疲れが溜まっていたようだが…記憶はちゃんとあるらしい。


「具合が悪い時は仕方ないって。腹減ったろ? ほら」

「はい、ありがとうございます」


 俺は葵を椅子へと促すと、葵はいつもより少し多めな朝食である、トーストとスクランブルエッグ、サラダを食べ始める。


 葵はいつも通り、穏やかに朝食を食べている。



 しかし、そんな中世理の心中はそれどころではなかった。


(…怒られなくて良かった〜!)


 あんな恥ずかしい行動、怒られるかもしれないと身構えていたが、どうやら要らない心配だったらしい。


(この前頭撫でた時も怒られなかったし、最近怒られるの減ったよな〜)


 良い関係を段々と築けている、そう感じる。


 世理は機嫌良く、トーストを頬張る。




「あの…ちょっと良いですか?」




 そんな時、葵が顔を上げる。


「文化祭の写真、もしかしてママ達に送りましたよね?」

「あぁ、やっぱり楽しそうな姿を見せてあげたかったしな」


 親も子の活躍は見たいだろう。それがクラスを仕切って頑張っているなら尚更だ。


「ダメだったか?」

「いえ、ただ……」

「ん?」

「『葵の姿しか見えないんだけど、世理くんの頑張ってる写真はないの?』って、今朝メールが来てて…」


 なるほど…だがそれは無理が無いか?


「…俺大学生だし。文化祭みたいな頑張ってる写真は今ここでは中々なぁ……」


 頑張ってる写真か……それならご飯を作っている所ぐらいしか思いつかない。


「ですよね…良いんです。ただのママの無理強いだと思うんで」


 葵はそう言うと、また朝食を食べ進めた。


 出来るなら送ってあげたいと思うんだけど、こればっかりはな。


 俺も諦め、朝食を食べ進めるのだった。








「お前らー、今日は新しい先生が来てるから仲良くしてやってくれー」

「は、初めましてー…神原世理でーす…よろしく」


 何故こうなった。

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