第5話 アンラッキー

 翌朝、俺はベッドの上で目を開けた。


「…はっ! 制作!?」


 世理はベッドから飛び起き、周りを見渡して少し思考を停止させる。そしてカーテンを開けると、まだ外は薄暗く、いつもとは違う懐かしい風景が目に映る。


「……実家か」


 世理は安堵し、大きく息を吐く。


 癖でつい身体が反応してしまった…。


 世理はベッドから出て、頭を掻きながら部屋を出る。


 あっちにいる時は常に制作について考えてたけど…こっちでは頭を空っぽにしてゆっくりしないと!


 と、変な目標を掲げて世理は洗面所へと向かう。


 ガラッ


「あ」

「……」


 扉を開け、目の前にいたのは歯ブラシを口に加え、可愛い猫の絵柄が散りばめられているパジャマを着て、寝ぼけ眼でボーッとしている葵だった。


 葵は目をシパシパさせながら、俺に目もくれず通り過ぎる。


 葵の口元からは少し、白い歯磨き粉が垂れている。


 …そうだった。こいつがいた。俺には頭を空っぽに出来ない出来事あったわ…。


 世理は葵の背中を見ながら思った。


 そして歯磨きを取り出すと、歯を勢いよく磨いていく。


 昨日…最低なんて言われたしなぁ。これから仲良くして行くのは至難の業だよなぁ。


 シャカシャカシャカシャカシャカ


 何か俺と共通する趣味があったら会話が弾むんだろうけど…あんな感じだったら無いよなぁ。


 葵は見た目からだが、どちらかと言うと陰キャの類に入るのだろう。俺も同じ陰キャだが、陰キャの中にも種類がある。


 まずは、オタク系。アニメや漫画が好きな陰キャラ。コイツらは仲間を見つければ、凄いトーク力で仲間に引き込み、周りを圧倒する猛者どもである。しかし、特定の分野の情報量が凄いある代わりに、他の分野と異性とのトークの場合、著しく勢いが落ちるというピーキーな性能を持った人達だ。因みに俺はこれに入る。俺は昔からアニメや漫画が大好きなのである。


 そして、サイレント系。1人を好む、一匹狼系陰キャラ。周りとの会話をめんどくさがり、1人でいた方が楽だと言うメンタル鬼バケモノども。授業中に2人組つくれーって言われても動じずに先生に相談しに行く、ポーカーフェイスな奴が多い。俺は葵は恐らくサイレント系と踏んでいる。こいつは休み時間とかは独自に好きな事をやってる事が多い。強いて言うなら本を読んでいるイメージか?


 世理はそんな事を考えながら歯磨きを終えた後、顔を洗う。


 タイプが違えば会話も難しい。誰であっても相性が良い、悪いがあるんだよなぁ。


 バシャバシャバシャ


 っと…タオルタオル…


 颯太は目を瞑り、タオルを手探りで探す。確か洗面台の端に置いてあった筈だが、どこを触っても無い。


 落としたか?


 そう思った世理はしゃがみ込む。


 むにゅ


「……つめてゃい」


 そして寝ぼけている様な可愛い声が、静かなうちの洗面所で響く。


 ……え?


 しゃがみ込む途中、それは世理の顔へと接触した。


 此処にはいつもなら何もない。そう、何も置いてない筈。しかし、俺の顔には何か2つの玉の様な形をした柔らかい物が当たっていた。


 …こんなラッキースケベ…現実で存在すんのかよ…。


 まぁ、今の俺にとってはアンラッキースケベなんだが…。


 世理は頭のすぐ真上から聞こえて来た声には、聞き覚えがあった。


「……何をしてるんですか?」

「…分からない」


 俺は自分でも何をしているのか分からなかった。義妹の胸に濡れている顔を押し付けている義兄…いや、どう言う事?


 俺、またもや失敗を犯す。


 此処で素直に謝っておけば、こんな仕打ちは受けなかったかもしれない。精々罵倒で終わった筈だった…かもしれない。


 ドスッ!!


 葵の拳が無情にも、世理のみぞおちに綺麗に決まる。


 相性、タイミング、どちらも間違いないと言い切れる。


 最悪だ。


 ……2日連続義妹に殴られた件について。


 世理は腹を抑えながら、床に蹲った。






「おはよー、葵ー」


 いつもの路地。茶色のウェーブの掛かった髪を後ろで結び、ぱっちりとした二重の目が葵を捉えながら、同じ制服を着た活発そうな女子高生が、すぐ隣で挨拶を交わしてくる。


「…おはよ」

「あれ? 今日なんかあった? 朝練前なのに寝ぼけてないじゃん」

「色々あってね…」


 葵は少し遠い目をしながら、親友である志賀しが たまきから目を離す。


「へ〜! なんか面白そうな香りが漂ってるんだけど?」


 環は葵の腕に捕まえ、目をキラキラとさせながら葵の顔を覗き込む。


「別に大した事ないから」

「え! 隠すなんて益々怪しい〜!!」

「ほら、いいから早く朝練行こ」

「うわ〜、誤魔化してる〜」


 葵は環から質問攻めを喰らいながら、朝練へと向かった。






「うっ……良いの食らったな…」


 世理は葵に殴られた痛む腹をさすりながら、部屋で横になっていた。


 本来なら朝ご飯を食べる予定だったが、急遽、腹痛に苛まれていて食べれる様な状態ではなかった。


「外でも散歩して気を紛らわせるか…?」


 そう思っていた世理に、ある事が起きる。


 ピリリリリ ピリリリリ


「ん?」


 部屋に着信音が鳴り響く。


 世理はポケットからスマホを取り出した。

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