第16首 中納言行平_社会人2

たち別れ いなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む


「お待たせ」

 金曜日。仕事帰りに、彼女と待ち合わせる。先週告白のようなメッセージを受け取ってから、初めてのデートだ。彼女が気になっているというバルに席を取った。

 彼女は会社の同期のうちの一人で、よくみんなで飲みに行っているうちに、音楽の趣味が似ていることから仲良くなった。元カノのサナとは好きなジャンルが全く違ったから、新曲やライブの話で盛り上がれるのは正直嬉しかった。

 バルは賑やかだった。近辺のオフィス街で働いているであろうサラリーマンや、女性同士の席で埋め尽くされていた。

 前を歩く彼女は振り返りながら、人気だねと笑顔を見せた。

 彼女たちは似ている、と思った。音楽の趣味こそ違うが、ダークブラウンのボブや服装、そして仕事が好きなこと、賢く話題には事欠かないこと。

 彼女は綺麗な所作で椅子をひき、腰掛けた。

 メニューは豊富で、彼女はサングリア、俺は白ワインを頼み二、三品のタパスを選んでとりあえず、とウェイターに告げた。

「一週間、早かったね」

「そうだな、プロジェクトが走り始めると毎日あっという間だよな」

 会社の構造改革をするという社内プロジェクトは、半数以上を若手メンバーで構成されている。社歴が長くなればなるほど、会社の風土や文化に定着し疑問を持たなくなるため、上司と部下で働き方に対する認識に差異が出る。そのズレを個人間ではなく、プロジェクトとして取り上げることで、良い悪いあるいは上司命令という枠を超えて擦り合わせていくことを目的としている。俺たちはメンバーに任命されて、通常業務に加えプロジェクト業務は日々の仕事の中で大な割合を占めていた。

 運ばれてきたグラスを軽く合わせて、乾杯をした。プロジェクトの話から、上司の話になり将来はどこの部署でどんな仕事をしたい、というとろまで尽きることなく話をした。月曜から金曜までの時間と環境を共有しているため、共通の話題には事欠かない。

 サナとは……と思い起こした。大学時代からの付き合いだけど、お互い就職して金曜の夜や週末にしか一緒に過ごせなくなった。一緒にいる時の話題はお互いの仕事の話が中心になり、話にだけ聞くサナの上司や同僚の情報だけが増えていった。

 運ばれてきたタパスはとうになくなり、追加で頼んだパエリアもなくなろうとしていた。彼女は食べにくい貝や大きめの魚介類も、綺麗にナイフとフォークで食べた。サナも綺麗に食べたがいつもどこか抜けていて、一口サイズに切ったと思った肉が大きすぎて慌てて口を押さえてもぐもぐしていた。そういえばよく躓いて転びそうになってたな、と思い出す。

「どうしたの? 」

「え? 」

「口元が笑ってたよ」

「あぁ、あの……さっきの、課長の話が面白かったなと思って」

 サナのことを考えすぎてしまい、思わず取り繕った。

「佐々木課長でしょ、面白いよね。でもあんなに話題があるなんて羨ましいよ。私もいつか海外出張行きたいな」

 サナは海外事業部でアジア地域を担当しており、中国や香港への出張もたびたびあった。上司や客からの評価も高く、活躍していることが会話から読み取れた。サナの出世を邪魔したくないと思ったし、自立したサナに俺は引け目を感じていた。

「同じ日程で出張行けたらいいな」

「そうだな、仕事も捗るし旅行気分も一緒に味わえる」

 彼女は、シーっと笑顔で旅行気分という言葉を嗜めた。

「そしたら、一緒に頑張ろうね」

 お互い頑張ろうと言ったサナの声が聞こえてきたようで、頭がぐらりとした。真っ直ぐ自分の道を見るサナに、俺のことも見てほしいとは言えなかった。サナを尊重するのがサナを愛することなんだと自分に言い聞かせて、その方法を君に委ねてしまっている。連絡をくれればいつでも会いにいくのに。


  

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