第15首 光孝天皇_高校生4

君がため 春の野に出でて若菜摘む 我が衣手に雪は降りつつ


「県大会は応援に来てほしい」

 県大会出場が決まったらそう言うんだと、高校二年の春にクラスが分かれてから心を決めた。所属するサッカー部はここ五年県大会出場を逃している。一年にして試合にも出場しエースと呼ばれているからには、自分の活躍で県大会出場を叶えたいし、それができればほぼ告白のようなセリフも言える自信がつく気がする。

 こういうのを願掛けというらしい。母親が、俺が生まれる予定日までに俺の帽子を毛糸で編めたら健康に生まれてくると願って、その時に完成した帽子(のような袋状のもの。母親は致命的なまでに不器用だ)を見せてくれたことがある。毛糸の帽子だろうが靴下だろうが健康には関係ないし、完成しなかったらどうすんだよ、と正直思った。思ったし、声に出した。すると母親は、あっけらかんと「完成できるものを選んでるし、完成できたものはなんでも構わないのよ」と言った。確かにあの毛糸の物体は、子供の頭に乗せると前が見えなくなるほど大きくて穴だらけだったから、今では冬に鍋の下で見かける。

 願掛けをしたいのか、気持ちを伝えるきっかけが欲しいのかよく分からないが、いずれにしろそう決めたからには、なんとしてでも県大会に出場したい。朝練と放課後の練習に加えて家でも筋トレを始めた。夕飯を食べすぎて、筋トレを休みたいときには告白のことが頭を過ぎる。ちょうど夕食後くらいにメッセージが届くこともあって、筋トレはかれこれ三ヶ月は続いている。やりとりするメッセージはたわいもない内容で、明日の体育が嫌だとか、今度のテスト範囲がやばいとか、そういうなんて返せば良いか分からないやつだ。

 正直に言って、そういう友達同士で適当に話すような内容をやりとりするのは嬉しくはなかった。デートの約束とか、そういうクラスメイトの枠を超えた話がしたかった。俺は明日の体育は別に嫌ではないな……と、ぼんやり考え返信を悩みながら腹筋を始めた。

「毎日筋トレするのは逆効果らしいわよー」

 リビングでテレビを見ながら腹筋していると、母親が間延びした声でそう言いながら俺の足を跨いでいった。

「続ける、ことに、意味がある、から」

 ふっ、ふっと呼吸をしながら返事をする。

「あら、何よ。鍋敷みたいなこと言って」

 意味がわからず腹筋を続ける。

「続けることに意味があったのよ。帽子を編んでいるとね、編んでいる間は願掛けのことをずっと考えるし、一層大切に思えてくるのよ。帽子の目が網重なっていくように」

 百回を数え終わり、大きくふうーと息をつき腹をさする。

 筋トレをするたびに、県大会出場と告白のことを考えていた。目的のために始めた筋トレの時間は、いつしか県大会と告白への気持ちを再確認する時間になっていた。

「網目の荒い帽子だったけど、生まれてきたのは健康過ぎるくらいの4000グラムの巨大児だったわね」

 まだまだ大きくなりそうだけど、と食卓を片付けながらぼやいていた。 

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