第25首 三条右大臣_女2
名にし負はば 逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな
カチャリ、と玄関で音がした。彼女が出て行った音だろうと、まどろみながら腕を空のベッドに伸ばすことで彼女の不在を確認する。彼女がその辺りに散らばる服を身につけダウンを羽織り、こっそりドアを閉じたことを想像した。まだ午前二時だった。スマホの明かりで目が覚める。
彼女は必ず戻ってくる。でも、つい先ほどまでお互いの長い髪が絡まり合うほど愛し合っていたのに、ふといなくなってしまうのは今回に始まったことではない。
人が生きていく上で与えられる、あらゆる形容詞を剥がし切ったら彼女になるのではないだろうかと思う時がある。無垢とも違う、奔放とも違う、それらは何かに対して無垢であること、奔放であることを示す言葉だ。彼女は、彼女だ。性別、社会的な立場、個性、そういう一切のものから独立している。彼女が選ぶものが彼女であり、彼女の存在そのものが、彼女を存在たらしめている。友人たちは、惚れた弱みだ美化し過ぎている、彼女だってあなたと同じ普通の22歳の女性だと言う。そんなことはない。
彼女の温もりがとうになくなったベッドに、彼女の香りを探すよう寝返りをうちシーツに顔を埋める。
私をリストカットのループから引っ張りあげてくれたのも、彼女だった。初対面で私の手首を見た彼女は、ただ一言、顔色も変えずに「傷、残るね」と言った。それ以来、カッターの薄い刃を皮膚に当てても、「あぁ、傷が残るのか」としか思えなくなった。ただ、皮膚に傷が残るのか、と。彼女は私の行為も、精神も、私自身を何も評価しなかった。
彼女が欲しい。
でも、私のものになってしまえば、彼女は“私の“彼女になってしまう。それは嫌だ。
遠くで救急車のサイレンの音が聞こえた。
また睡魔が忍び寄ってきて、あっさりと思考を手放す。
世界中の人がいなくなれば良いのに。
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